第三話 思わぬ献身【賢者Side】
【Side シタ賢者】
「はぁ……どうしよう」
アベルを見失ったミリアは、この数日世話になっている王城の廊下を歩いていた。
あれからアベルを探しに行こうとしたが、携帯していた魔道具『遠見水晶』に呼び出しが来たのだ。
「大丈夫さミリア。あいつはたいしたことない冒険者なんだろ? もし言いふらされても勇者と冒険者、どっちの言う事を信じるかなんて明らかさ」
「それはそうだけど……」
隣を歩く勇者ユートは陽気だが、ミリアは不安を拭いきれない。
「証拠として残せるものはなにもなかったから……大丈夫なはず、よね」
「はははっ、でも凄い顔してたな! NTRかよって!」
「もう、そんなこと言って……ユートの方がマズいのよ? 王女様と婚約してるじゃない」
まさに、一番重大になりかねないのがそのことなのだ。
この世界は複数の相手と結ばれることも許されている。
経済力に余裕のあるものは男でも女でもハーレムを築いているものだ。
その理由は、魔王との戦争によって人口が減り続けていたから。
ミリアとアベルが生まれたこの国では一夫一妻が主流だが、複数婚を推奨している国もある。
だがそれは、結ばれる者たちの納得があってこそだ。
複数の相手と関係を持つにしても、それは全員の了承と納得が前提となる。
なんの相談もしていないこの関係が王女にバレたら、大変なことになる。
パーティーの面々は気付いていて黙ってくれているが、アベルが吹聴してしまうかもしれない。
それに、ミリア自身がアベルと交わした誓いも問題であり、彼女はそのことも心に引っかかっていた……。
「大丈夫、俺がなんとかしてやるよ。だから安心しとけ!」
「もう、ユートったら……」
だが、それもすぐに薄れてしまう。
ミリアは自信満々に胸を叩くユートに少し呆れながらも距離を近くした。
連日の仕事めいたパーティーやパレード。
それが一段落したため、二人は街に繰り出していた。
言うまでもなく
変装をして、城を抜け出し、王都の宴に紛れ込んだ。
……そして目に入った教会が静かでロマンチックだったから、溜め込んでいた欲求もあってあんなことをしていた。
ミリアはあの教会の約束を忘れていた。アベルと遭遇したのはまったくの偶然だったのだ。
「それにしてもせっかくお前の恋人に会えたのに、王様に呼び出されるなんて。一体何なんだろうな?」
遠方から姿と声を届けられるマジックアイテム『遠見水晶』に、先ほど届いた呼び出しとは。
このシルディエル王国の、王からのものだった。
「面白くなりそうだったのに、王様ったらよ。俺は世界を救った勇者なのにな」
「面白くって……そんなこと言っちゃだめよ。幼馴染なんだし……」
ミリアは浮気をしたが、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染への情も残っている。
(……まあ、謝れば許してくれるよね、アベルは優しいし。証拠もないから、大丈夫)
ミリアは頭を振って、不安を追い払う。
やがて、廊下の奥に目的地の部屋が見えてきた。辿り着いたユートが大きな両開きの扉を開く。
「来たか。遅いぞユート……ミリアもか」
その部屋は、城の庭園に面していた。
普段はお茶会などに使われる、一面ガラス張りで庭が一望できるサロン。
魔灯と月光によって仄かな明かりで照らされた室内には、二人の先客がいた。
「悪いって、アッドさん。これでも急いで来たんだよ」
座っている椅子が小さく見えるほどの巨躯。
だが短く整えられたグレーの髪と落ち着きが品格を感じさせる。
洗練された所作で紅茶を嗜む大男がアッド・ハイムズ。
《聖騎士》のジョブを持ち《天壁》と呼ばれ名高い、シルディエル王国の騎士団総団長だ。
このパーティーの年長者でありまとめ役である。
「アッドさんもさ、急に呼び出されたんだろ?」
「まぁ、な。せっかく妻と娘と過ごしていたが。陛下がお呼びとなれば馳せ参じないわけにはいかん」
「相変わらずの忠誠心だな。すげーなそれ」
「うむ。まあ、帰ったら小言を言われそうだがな」
そして一人の愛妻家でもある。
一夫多妻もある貴族同士で大恋愛を遂げ、一人の妻を愛する彼の話は有名なラブロマンスだ。
そんな彼の隣の椅子にはもう一人――真っ白な女性が座っていた。
「何かあったんですか、ミリア? 様子が変ですけど……」
「えっ? いや、大したことじゃないよ。シエル、大丈夫!」
「そうですか……何かあったら、相談してくださいね?」
もう一方は部屋の中で輝く、色素の薄いブロンド。
美術品のような顔は冷淡さよりも美しさが目立ち、真っ白な聖衣を着て、傍らには杖を立てかけた勇者パーティー最後の一人。
《聖女》シエル・アルファナムだ。
ミリアはまっすぐシエルの隣に向かい、椅子に座った。
女の子同士、三年の旅を経て友情を育んだ、二人はまさに親友と呼ぶべき関係となっていた。
「本当ですか? 旅を終えて帰ってきてからも、慣れないパーティーばかりで疲れたのでは?」
「あはは、大変じゃないって言ったら嘘になるけど……そういうのじゃないよ?」
「そうですか……まあ、二人で出かけるくらいですものね」
「あはは……」
目を細めたシエルの視線にミリアは冷や汗を流す。
同じパーティーだ。二人がそういう関係なのは知っている。
二年ほど前から続いている関係を、見て見ぬふりをしているのだ。
「はぁ……ユート、お前は王女殿下との婚約が一年前に決まっていただろう。昨日は正式発表まで済ませたんだ。いい加減に――」
「まーまー。しっかし、なんなんだろうな。こんな急に。俺ら王様のパシリじゃねーんだからよ」
「まったく……! だが、陛下らしくはないとは、思うことだが」
「たしかにそうですね。いつもこういった集まりなどは事前に確認するのに」
「そうよね、すごい急だった……国王陛下もまだ――」
「皆、来ていたか。すまんな」
ミリア、ユートも席に着き話し始めたところで、サロンの入り口から声が響いた。
見れば、彼らを呼んだ本人がドアを潜るところだった。
好々爺めいた初老の、白に染まった髪の男性。
だが威厳と眼光は劣ることなき、シルディエル王国・国王。
ランデッド・ディ・シルディエルその人だ。
「っ、陛下。本日はご機嫌麗しゅう」
「よい、アッド。今宵は私的な茶会だ。礼は最低限にしてくれ。突然集まってもらって、すまなかったな」
「そうだぜ、王様。いくらなんでも急すぎるだろ。びっくりしたぜ」
「すまんな、勇者よ。だがこればかりは今日の内に、直接伝えておきたいと思ってな」
最後の席に座った国王ランデッドは、紅茶と茶菓子を用意させると使用人を下がらせた。
「明日の、関係者を呼んだ戦勝パーティーに呼ぶ、客の一人について話をしておこうとな」
「私たちを支援してくださった方々とのパーティーでしょう? お金や物資など、多くを工面していただいたと聞いています」
「そんなの、紹介しきれないからそのときにって話じゃありませんでした?」
勇者パーティーに出資した者は多い。
ミリアが言ったように、元々紹介はその場で行う、顔繫ぎとしての場でもあったはずだ。
「ああ、だがその彼は枠に収まりきらなんだ。口止めされている故、儂も話すのを迷っていたが、やはり黙ってはおれんかった」
だが、ランデッドは首を振る。
「世界を救った勇者パーティー。そなたらを支え続けてくれた、ある冒険者の話だ」
「冒険者……ですか?」
「ああ。だがただの冒険者などでは断じてない。そなたらへの援助、その約三割を一人で担ってくれていたのだ」
「はぁ……それがなんなんだ? 世界を救う勇者パーティーなんだから、出資くらい当然だろ?」
「ユート! お前は馬鹿か! 俺達への援助、その三割がいくらになると思っている!? 大手の商会にも不可能だぞ!?」
なんだそんなことと侮るユートに対して、アッドの反応は違う。
ユートは「そんな大したことか?」とボヤくが、彼らが旅をする上で送られた支援は膨大なものだった。
その三割を冒険者が、一個人でなど、ほぼ不可能なこと。
そのことに、旅の直前でAランク冒険者だったミリアは気付き、だからこそ可能性に行き当たった。
「そんなこと冒険者ができっこない……いや、彼らなら? 嘘、まさか……」
「冒険者であるミリア嬢にはわかるか。そうだ、その彼はSランク冒険者だ」
「Sランク!?」
「……ミリア、どうしたんだ? Sランクなんて言っても冒険者だろ? 俺たちくらい凄くねーって」
「違うのよユート! あの人たちは……人間じゃないの!!」
とても失礼な物言いに聞こえるが、これは冒険者が彼らを指して一番に言う言葉。
畏怖と畏敬を込めて選ばれた表現だ。
「世界にAランク冒険者は山ほどいる……だけど、Sランクはたったの十一人。それぐらいにハードルが高いのよ! 単騎なら絶対にあなたよりも強いわ」
「は……はぁ!? そんなやつ、いるわけないだろ!? じゃあ、そんな奴らがいるならなんでそいつら魔王討伐に来ねぇんだよ!」
「国が彼らに強制できんのだ。彼らは単体で、それほどの強さを誇っている」
過去の記録によれば、Sランク冒険者は魔王にも近しい実力を持っているという。
普段は人類のために行動してくれているが、最悪の場合に陥れば国が滅ぶほどの超重要人物なのだ。
「ど、どどどうしよう? Sランクと会うなんてあたしどうしたら――!?」
「はっはっは、冒険者にとってはそれほどの相手よの、Sランクとは」
ロマンスを追い求める冒険者にとって、Sランクとはまさに象徴。
隔絶した畏怖と憧れの対象にいきなり会うと告げられたミリアは、緊張と興奮で胸を押さえ言葉がおかしくなっている。
ランデッドはそんな彼女に、本命の話を始めた。
「だが安心するのだ、ミリア嬢。彼はそなたに縁のある者だ」
「へ……? いえ、Sランク冒険者となんて、三年間冒険者やってたけどあたし会ったことなんて――」
「そういえば、わたし達が旅をしている間に新しくSランクになった方がいるとか?」
「そういえばそんなことを耳に挟んだ記憶があるな。陛下、もしや?」
ミリアの言葉を遮って、聖女シエルがあることを呟いた。
それを聞いたアッドの疑問に、国王は首肯で返す。
「うむ、その彼だ。そなたらを助けるためにがむしゃらに働いておったことで頭角を現した」
「ほう、いつかお目にかかりたいと思っていましたが。さらにも増して我らが恩人とは。ぜひとも感謝を伝えたい」
「あぁ、彼は――」
「話に聞けば、空を駆け海を斬り裂き、剣と魔法を融合した絶技で万の魔獣を一人で制圧したのだとか。温厚で深い優しさと情の深さを持つ人格者だと言われていますね」
「その通りだが、聖女殿は随分彼に詳しいな……?」
「いえ、そんなことはありません。ただ私の知り合いの話題によく上がる方ですので……」
「な、なるほど」
聖女はこの若さにして大きな勢力を誇る宗教の要人だ。そちらの情報網に件の彼がよく引っかかるのだろう。
「……は? 嘘だろ……?」
信じられないような話を聞いていた勇者が呆然としていた。
「わ、私にそんな知り合いいたかなー? えへへ」
「想像もつかんだろう。だがな――」
そんな人間と知り合いだと言われたミリアが照れるが、当人はそんな人物に全く心当たりがない。
だが、国王が発した次の言葉で、場は凍った。
「彼は言っていたよ。勇者パーティーに愛しい者がおると。その女性と会うために、彼女を助けているのだと」
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