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「あぁ」

 天飼は即答した。その答えに迷いは見られない。

「本当に良いの? 私、今からあなたを殺すんだけど」

「理由は知らんが、それで俺は天界に行けるのか? 地獄でなくてか?」

「えぇ、多分ね」

「それで茜鐘に会えるんだな?」

「えぇ」

「なら、それを拒むという選択肢はない。俺は絶対に茜鐘に謝りたいんだ。頼むチエロ」

 チエロは立ち上がると、覚悟を決めた天飼を見下ろした。

「茜鐘に会えても、許してはもらえないかもしれないわよ。それでもやるのね?」

「……十中八九そうだろう。しかし、俺は何としてでも謝りたい。たとえ相まみえることができなくとも、せめて声だけは、いや手紙だけでも良い、とにかく謝意を届けたい」

 チエロは天飼の真剣な眼差しを受け止め、フッと笑った。

「前から思ってたけど、あんたってけっこう真面目よね」

「……真面目だったらこんな人生送っていないさ」

「準備をするわ。三分待ってなさい。早くしないとパスカルがこっちに感づくわ」

 チエロは白い魔法陣を展開してその中から、いつぞやにパスカルから届けられた、魔力補給液の入ったボトルを五本取り出した。

 そしてそれらを順に開栓して飲み干してゆく。

「うっわ、これめっちゃ腹に溜まるわね。不味いし。なんなの」

「な、何をしてるんだ……?」

「これを飲むことで魔力を補給できるんだそうよ」

 チエロは全てのボトルを空にすると、今度はベランダから外に出、アパートの外壁をよじ登って屋根の上に立った。

 空は雲一つない快晴である。最近は夜に悪魔を狩って昼は眠る生活だったので、空の美しさを久しく忘れていた。

 これだけ晴れていれば、天界との通信も円滑に行うことができるだろう。

「さて、その通信を乱してやりますかっと」

 チエロは両腕に白い魔法陣を生成し、中から武装を引き抜く。

第一魔刃・装填プリムスエスパーダ・リローデッド

 両腕に握られる、二丁の自動小銃。白い兵器は日光を受けて燦然と輝いている。 

 チエロは両腕の武装に魔力を装填し———

 空に向かって弾をぶっ放しまくった。

 魔力燃費の悪い自動小銃の弾倉はあっという間に空になる。チエロは全身にみなぎる魔力を次から次へと銃に装填し、銃弾へと変えて空へ放ち続ける。身体中の魔力を使い果たす勢いで乱射した。

 数分かけて、銃口からはもう弾の一発も出なくなった。チエロは満足して二丁の銃を魔法陣にしまい、階下の部屋へと戻った。

「今のは、何をしたんだ?」

 部屋にいた天飼が問うてくる。

「周囲一帯の魔力の流れをぐちゃぐちゃにしてやった。これで天界からはこちらが補足できなくなるはずよ。ちょっとの間だけ」

 チエロは天飼の前に立つと白い魔法陣を生み出し、その中から短剣を抜き放った。

「……いつかこいつで、本気であんたを殺そうとしたことがあったわね」

 チエロは天飼に剣を差し向けて言う。

「そんなこともあったな」

「今度は本気で刺すけど、良いのよね?」

 天飼は頷く。

「当たり前だ。早くしないとパスカルに気づかれて、あのときのようにまたお前の動きが止められてしまうんだろう? そうなれば計画は台無しだ。早く頼む」

「なによ、分かってんじゃない」

 チエロは短剣を握る手に力を込めた。

「……何か、言い残すことはあるかしら?」

「……俺を殺したら、お前は地獄に堕ちるんだろう? 俺は良いとしても、お前はそれで良いのか?」

「……まぁ、そうね……」

 天飼の腰の低さは今に始まったことではなかった。

 確かに、人間を殺した天使は地獄に堕ちる。それはパスカルが何度も言っていたことだったし、天界の事情だが天飼も理解しているのだろう。

 身を案じられてもしかし、チエロは作戦を止める気はなかった。

「正直私は、あんたを救う方法がこれ以外に見つからないわ。私ができるのは剣を振るうことだけ。強さがあれば悪魔は殺せるけど、それ以外のことはよく分からないの」

「……すまない。俺が弱いばかりに、こんなことを」

「謝んなって」

 チエロは短剣を握ったまま器用に腰に手を当てる。

「人間を助けるのは天使の本能らしいわ。そりゃ私は一回あんたのことを本気で殺そうとしたけど……あのときも天界行きのことは頭になかったわけじゃないし……」

「おいおい、どうせ天界に送れるから殺しても良いって思ってたのか?」

「あぁもううっさいわね。さっさとやるわよ。早くしないとパスカルに気づかれるわ」

 チエロは軽く頭を振る。桃色の長髪がそれにあわせて揺れた。頭上のヘイローもチエロのつむじに追従する。

 チエロは真っ直ぐに天飼を見た。

「言い残すことは以上かしら?」

「あぁ、もう良い」

「オッケー。天界に行ったら、すぐ茜鐘のところに行くのよ」

「無論だ」

 チエロは短剣を、天飼の胸元に思いっきり突き立てた。悪魔の皮膚を裂く鋭さの剣である。人間の肉など、豆腐に包丁を入れるように簡単に切り裂ける。天飼から噴出した血が、チエロの白い腕を濡らす。不快な温度を持った液体が滴る。臭気。チエロは短剣をさらに奥深くまで食い込ませた。

 心臓を貫かれ、天飼は一撃で絶命した。傷口と口元から大量の血を吐き、天飼は床に倒れ伏す。汚れた畳に血の池が広がった。

 天界からの通信が繋がったのは、それから数瞬もしないうちだった。

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