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 天飼は静かに語った。その顛末はチエロとパスカルを絶句させるのに十分に足るものだった。

「………………」

 凄絶すぎる生い立ちに、チエロは言葉を失う。目の前の寂れた男が歩んできた、血と欲に満ちた日々を想像する。それだけでどうしようもなく吐き気がこみ上げてくるようだった。

「……その後、俺は、前科者だけが集まるような職場を転々とした。だが、どこも長くは続かなかった」

 天飼はぼそぼそと身の上を語り続ける。

「しばらくの間は大丈夫でも、数年おきに身体が言うことを聞かなくなる。頭が真っ白になって、気がついたら誰かを犯して殺しちまってる。その度に死体を処理して、住む場所をずらして、ずっと生きてきたんだ」

 天飼は頭を抱えた。

「本当は、俺はさっさと死ぬべきだったんだ。こんな呪いごと抱えて死ぬべきなんだ。でも、その勇気が無いんだ。俺はこんな人生でも惜しい。死にたくない。死にたくないんだ。痛いのは嫌だ。警察にも捕まりたくない。だがこんな呪いからは解放されたい。俺はもうお終いなんだ。醜い保身に走って、結局身動きが取れなくなってるんだ。滑稽だ。愚かだ」

「天飼……」

『………………』

「あぁ、茜鐘に謝りたい。こんな兄ちゃんでごめんなって。あいつは俺が殺したんだ。ごめんよ茜鐘。守れなくてごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん……」

 天飼は妹の名を呟き続け、ついには気絶するように眠ってしまった。

 明け方の部屋には、チエロだけが残される。チエロは翼の先で頬を掻いた。

「……パスカル、どうしよう」

『こいつは……さすがに初めてのケースだ。すぐには対策は思いつかないな。とりあえず、上の協議にかけることにする。取るべき措置は、その後に下されるだろう』

「そう……お願いね」

 パスカルが溜息を吐く。彼の椅子がギシリと鳴ったのが聞こえた。

 チエロは天飼の精気のない顔を眺める。

 彼の人生は、とうの昔に破綻していたのだ。強大な悪魔に呪われ、人を犯さずにはいられない性を引きずって今まで生きてきた。自分の行いが最悪な行為だと理解しながらも、それを止めることができない。かといって自死を選ぶこともできない。そんな自分への嫌悪で板挟みになっているのだ。

 黙りこくるチエロを見かねたのか、パスカルが再び通信を繋いでくる。

『……チエロ。今回の件は、天界全体の失態だ。お前は何も悪くない。そんなに思い詰めるな』

「……別に、思い詰めてはないけど」

 パスカルは珍しく優し気な声色で言う。

『今の天飼の発言を元に、三十年前の事件を調べなおすよう提言しておこう。調査への貢献が認められれば、お前を天界に戻しやすくなるかもしれない』

「……そう……ねぇパスカル」

『何だ』

 チエロには一つ、思いついたことがあった。

「その、天飼の妹だっていう、茜鐘? って子は、天界にいるのかしら」

 死んだ人間のうち罪のない者は天界へと召される。天飼の話によれば茜鐘が亡くなったのは彼女が八歳のときであるから、彼女が地獄行きになるような大層な罪を犯していることもなさそうだ。

『それも調べることになるだろう。茜鐘は事件の被害者だ。重要な参考人になる』

「いや、参考人にするのもそうなんだけどさぁ」

『……どういうことだ?』

 パスカルは訝しむ。

「天飼がさっき、妹に謝りたいって言ってたじゃない」

『………………』

「天飼だっていつかは死ぬでしょ。人間なんだから。そんで天界に行ったら、茜鐘に会えるんじゃない? そしたら謝ることもできるのかなって」

 チエロの割と誠実な提案はしかし、パスカルの溜息に吹き飛ばされた。

『それはないな。天飼は間違いなく地獄行きになる』

「そんな、どうして。天飼のやったことは呪いのせいなんでしょ? あいつは悪くないんじゃない?」

 パスカルは言いづらそうに述べる。

『天飼の殺害行為が呪いによるものだったとしても、天飼が自身が裁かれるのを恐れて証拠隠滅を続けてきたのは事実だ。それは立派な保身行為だし、地獄行きになる十分な理由でもある』

「……じゃあ、天飼が地獄での刑期を終えた後に天界に昇ってくることはある?」

『可能性はなくはないだろう。しかし、天飼が本当に十五人も殺しているなら、地獄での刑期は数百年にもなるはずだ。それに対して、茜鐘が天界に留まっていられるのはあと七十年ほどだ。人間の魂は天界に百年しか留まれないからな』

「それじゃあ……」

『天飼と茜鐘が天界で合流することは不可能だ』

 それが確定した事実のようだった。チエロは俯く。

 パスカルはやはり気を遣った物言いでチエロに語りかける。

『そう気を落とすな。それと、キツい言い方になるかもしれないが、あまり天飼に拘泥しすぎない方が良い。最優先なのはお前の天界復帰なのだからな』

「そうよね……分かっているわ」

 しかしチエロは、天飼が今後どのような生を送っていくのかを考えずにはいられなかった。

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