5
目の前には、斜めに両断された工場。常識外れな光景だ。あの悪魔が、先と同じ尻尾の一閃で建物をぶった切ってしまったのだろう。
(遅かったか……)
噴煙を上げる建物を丸ごと覆うように、チエロは結界を張った。また破られてしまうかもしれないが、外部から余計な人間が入ってくることを避けるためにも、張らないわけにはいかない。ドーム状の結界が生成され、天井部分に黒い噴煙が滞って溜まる。
チエロは瓦礫を踏み分けて中に入る。飛び散る火の粉が喉の奥を焦がすようである。
燃え盛る工場の中に、悪魔の後ろ姿があった。その悪魔が振り返る。口元からは人間の下半身がぶら下がっていた。食ったのだ。滋養を得た証拠に、角が少し再生している。
「おいクソ悪魔、これ以上殺しはさせねぇぞ」
悪魔は牙をガチガチと鳴らし、その拍子に加えていた下半身を吐き出した。上半身は既にやつの腹中だ。
咆哮。悪魔は巨大な尻尾を振り下ろしてくる。膨大な質量。短剣で受けきれるものではない。チエロは脇に跳躍して躱す。尾が叩きつけられ、コンクリートの床に大きな亀裂が走った。
チエロは鱗に覆われた尾の上に着地し、そのまま尾を駆けあがった。悪魔は両拳を握りしめて殴打を繰り出してくる。チエロは短剣を握った手でそれらと打ち合う。力は互角だ。
悪魔は拳を応酬させつつ大口を開く。口内には赤い光が収束していっていた。チエロは目を見開いた。
『光線だ! 避けろ!』
「……っんでもありか! この悪魔!」
チエロが怯んだ隙にさらに数発の殴打。鉄球で殴られているかのような衝撃。一発顔面に喰らった。しかしチエロは仰け反りもせず、逆に鋭く悪魔を睨み返す。
悪魔の赤い口内の発光がいよいよ激しくなった。
今から避けて間に合うのか。多少左右に動いたところで、光線が極太だったら避けきれない。悪魔が首を傾けて追従してきたら簡単に射線に入ってしまうだろう。
チエロは腹を決めた。
『チエロ!』
悪魔がいよいよ光線を発射する、その寸前———
「首の骨でも折れちまえッ!」
チエロは逆に悪魔の顔面に肉薄し、悪魔の胸元を強烈に踏みつけると、逆側の足を大きく振り上げて渾身の回し蹴りを放った。
悪魔の首が歪な九十度に捻じ曲げられる。光線はチエロから見て右側上方に向かってぶっ飛んで行った。工場の内壁に直撃し、爆発が起きる。チエロは悪魔を蹴った拍子に後方へ飛びずさったが、爆風に煽られて少し離れたところに着地した。
猛烈に噴煙が吹き荒れる。
悪魔は首元を押さえて呻いていたが、今しがた光線を誤射した方へと巨体を引きずらせていった。噴煙に炙られて悪魔の身体の表面は燃え盛っていたが、それを気にも留めていないようである。
『生存者を捕食する気だ。阻止してくれ!』
「可能な限りね」
砲撃の拍子に崩れた壁の向こうは個室になっていたようで、そこに隠れていた人間が露わになった形になる。悪魔はそちらに向かう。チエロは駆け、悪魔と生存者の間に滑り込んだ。
短剣を構え、角折れの悪魔の前に立ちはだかる。短い刃でどのように戦おうかと思考を加速させ———
ようとした、その時
「………………!」
背後に感じる、見知った気配。
「ちょっと、なんであんたがここにいるのよ!」
チエロは驚きのあまり短剣を取り落としそうになった。
瓦礫の山と巻き起こる炎の中にうずくまる人影。
それは紛れもなく、天飼だった。
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