Next to the curtain call
1
「……今度は何の呪いだ?」
天飼は呟く。
『クラス“強欲”の悪魔の呪いだ。効果はその名の通り、強欲になるというものなんだが……』
「そうか……」
ある日に天飼が仕事から帰ってくると、一足早く悪魔を狩ったチエロが帰宅していた。
天飼はハンモックのチエロを見やる。呪いを受けた張本人はというと、
「はぁ~……満ち足りねぇ~……私」
これである。
時刻は早朝である。数分前、天飼が夜勤から帰ってくると、部屋にはハンモックに寝そべったチエロの姿があった。天飼が呼びかけても気怠げに呻くだけでまともに取り合わない有様である。背中から生えた翼は力なく垂れており、床に着きそうだった。
「今回も解呪のために何か買ってこようか?」
『いや、お前は何もしなくて良い』
天界からパスカルが言う。
『今回の呪いはなかなか強力だからな。教会で祝福を受けさせるべきだろう。悪いが今夜、チエロを教会まで連れて行ってくれ。このままでは一人で外に出るのも危ない』
「そうか、分かった」
パスカルは言外に「この状態のチエロを外に放つと何をしでかすか分からない」と言いたいかのようだった。天飼はそのことを察したし、実際に今のチエロを外出させるのは危ないと思った。
「なんかさぁ……なんか、日々に彩りが無いわ」
教会へ行くのは人目のない夜になるので、それまでは家で待機することとなったチエロが漏らす。
『彩りを欲している場合か?』
「毎日毎日、悪魔を狩っては寝ての繰り返しで飽きてきたわ。天界にも全ッ然帰れないし」
『堕天を治すための悪魔狩りはもう半分以上進んだ。変な気を起こさずにやってれば、もうそろ天界に帰れるぞ』
「……今夜までに何か面白いことがないと、悪魔狩るやる気でないわ。なんかやって頂戴」
『はぁ?』
チエロが急に訳の分からないことを言いだしたので、流石のパスカルも困惑する。
『悪魔を狩る。人々を助ける。それこそが天使の行動基準であり、原動力であるはずだ』
「だからっていつまでも実直に職務に当たってられないわよ。そういうのなんて言うか知ってる? やりがい搾取っつーの」
『また地上で面倒な言葉を覚えて……』
チエロとパスカルが揉めていると、衝立の奥から物音が聞こえた。わずかな隙間を押し開け、くたびれた顔の天飼が顔を出す。
「……強欲の呪い、だったか?」
『天飼。生活に彩りを与える方法を知ってるか?』
「さぁ……俺は酒と睡眠があれば良いから分からんな」
「あとオナニーでしょ。ビニ弁、酒、自慰。はっ、自由ね」
『黙ってなさい』
チエロはハンモックに仰向けに寝転がる。
「男どもには分かんねぇかぁー。この心の機微が」
腕を後頭部に組んで仰け反るチエロは強欲な天使というよりは気怠い暴君といった雰囲気である。
呆れたパスカルは小声で天飼に語りかける。
『これでもチエロは強い。その気にさせることができれば悪魔狩りもうまくいくはずだ。どうかここは、彼女の機嫌を取ってやってはくれないか』
「別に、構わないが」
「声をひそめたところで私にも聞こえてるからね、それ」
天飼とは衝立を隔てたスペースからチエロが吼える。
天界から地上へと通信する際に用いるチャンネルは、範囲の指定が狭くないのである。最小限に範囲を絞っても、半径五メートル程度の相手には聞こえてしまう。そのため同じ部屋にいるような対象へはメッセージをまとめて送るほかなかった。
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