2

 数日は悪魔の発生がなかったので、チエロは天飼の家で眠り、少しは活力を取り戻したようだった。それを待ってからパスカルは出撃を命じた。そして出撃の前に教会で補給を受けるように伝えると、チエロは従順に教会へ向かった。

 薬を取りに来たときと同じ教会である。チエロは呪文を唱えると、忌々し気に扉を開けた。教会の内部に入る。

 月光を透過させ、ステンドグラスは穏やかな色彩を床に落とす。チエロは礼拝堂の真ん中を通って聖壇の前に立つ。

「■■■■・■■■■・■■」

 呪文を唱えると、壇上が輝き始めた。光は強さを増し、礼拝堂中を白に塗りつぶす。

 光が収まると、そこには———

「……ずいぶんと、ゴツい武器ね」

 真っ白な、二丁の自動小銃が鎮座していた。

『型番【第一魔刃・ヴァルカン・ブレス】。対悪魔兵装の中でも中々のものだ』

「第一魔刃って今のは弓よね。それの代わりってこと?」

 ずいぶんと一気に近代化したものである。

 チエロは二丁の銃を持つ。冷たいそれらは月光を受け、鈍い銀色の光を反射していた。

『弓の成績が悪くとも、自動小銃なら敵に当たるんじゃないか?』

「天部は脳筋ね……この銃、弾はないの?」

『実弾ではなく魔力を発射する形になるな。連射性能は良いが魔力消費は相当だから、難敵にのみ使うように』

「ふーん、ま、良いわ」

 チエロは虚空に魔法陣を生み出すと、その中に二丁の銃をしまい込んだ。

「……んで、これは何かしら?」

 壇上には他にもいくつかの物が届いていた。チエロはそのうち、ペットポトルのような形状の容器を手に取る。中には液体が入っているようで、軽く振ると水音がした。

『経口魔力補充液だ。ここ一番で飲むと効果がある』

「エナドリかぁ~……これ美味しいの?」

『一応各種フレーバーがセットになったものを届けたぞ』

 壇上にはカラフルなボトルが五本もある。チエロはそれらを片端から魔法陣に突っ込んでいった。

「よしこれで全部ねさっさと帰りましょう」

『待て、一番大事なものを残していくな』

 足早に去ろうとしたチエロがピタリと止まる。

 パスカルが送ってきた物資は三種類だった。アサルトライフル、魔力ドリンク、そして、

「……こんなの、頼んでないわ」

『チエロ、お前は天飼を殺そうとしたな。天使が人間を殺すなど言語道断。お前は天使としてコンプライアンス意識が足りていない』

「だからって、こんな分厚い本で勉強しろってか!」

 チエロは翼を振り上げて抗議する。

 壇上には千ページはあろうかという厚さの本が、異様な存在感を放って鎮座していた。青い革で装丁された表紙には金の刺繍で『天界六法』の文字。

『空いた時間でそいつをよく読むように。少なくとも天界地上法くらいは抑えておけ』

「こんな見るだけで眩暈がするクソ厚い本を読むの……?」

 チエロは天界六法と称された本を持ち上げる。銃よりよっぽど重かった。これで悪魔を殴っても普通に戦えそうである。パラパラとページを繰れば小さな字がびっしりと敷き詰められていた。クラクラとしてくる。

『うなだれている暇はないぞ。もうじき今夜の悪魔が出現する。場所を言うから急行するように』

 チエロは渋々、魔法陣に六法を投げ入れた。魔法陣による収納では異空間に物を仕舞うので物質の重さは現実に影響しないはずなのだが、間違いなく身体が重くなったような感覚があった。

(ぜってー枕にしてやる)

 チエロはステンドグラスを一瞥すると、今度こそ踵を返して教会を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る