3
朝焼けが目に刺さる。欠伸が出た。
チエロは公園の鉄棒の上に腰掛けていた。バランスは悪いが、天使の身体能力からすれば長時間座りっぱなしなのも楽勝である。力を抜いている翼は羽先が地面に着きそうなほど垂れ下がっていた。
町全体が、少しずつ目覚めているような感覚。鳥の声。遠くから聞こえる喧騒。車の音。昨夜、チエロが悪魔を一体でも狩り漏らしていれば、その一体が何人殺していたか分からない。そうなれば、今朝の人々の奏でる音も少し小さくなっていたことだろう。
そう考えると自分の職務にも少しは自信が持てるような気がして———
———それと同時に、そんな自分にあのような仕打ちをしてきた天飼が許せなかった。
腹立たしいにも程がある。なぜ苦労して悪魔を狩った矢先にあのような下劣な光景を見せつけられなければならないのか。
自分を貫いたそれを想起させる行動など、目撃したくなかった。気分が悪くなる。
「………………はぁ」
溜息も出るというものである。
チエロが鉄棒の上で器用に頬杖を突いていると、
「……姉ちゃん、コスプレの人?」
「……あ?」
鉄棒の下から見上げる者。
「何お前、小学生?」
朝日を受けてツヤツヤと光るランドセルを背負う男児であった。興味深げに鉄棒のチエロを見上げている。
「知ってる、その羽コスプレでしょ」
男児は手を伸ばして翼に触ろうとする。チエロは翼を羽ばたかせてそれを避けた羽先を上に向ける。
「男が女子の翼を気安く触ろうとするんじゃないよ。つーか少年、学校は?」
「なぁその頭の上の輪っか? はどうやって付けてんだ?」
「聞く耳!」
男児は天使の輪に興味津々である。チエロの頭上には、赤赤と輝く車両通行止めの標識が浮いていた。およそコスプレ用の小道具には見えないだろう。
「何それ?」
「何って、天使の輪でしょうが。私天使だし」
今は堕天しているが。
「天使のコスプレってこと?」
「………………」
チエロは逡巡する。天界からの命令で、必要以上に地上の人間とコンタクトを取ることは控えるように言われてた。
しかし、
「いーやコスプレじゃない。私は本物の天使よ」
「えーマジ⁉ すっげぇ!!!」
チエロは虫の居所が悪かったので、男児をからかうことにした。彼の言う通りに朝っぱらから活動しているコスプレイヤーということにしておくこともできたのだが、別にこの子供一人に正体がバレたところで問題はないだろう。
もしこいつが『公園に天使がいた』と学校や家庭で吹聴して回ったとしても、周囲からは子供が空想に浸っていると思われるだけだろう。大人であればあるほど天使の存在を信じないのは、これまでの経験から知っていた。
「天使なら、弓矢とか持ってんの?」
男児が目を輝かせて問うてくる。
この国の天使像とはそういうものなのだろうか。日本は無宗教国と聞いていたが、なかなか古風なイメージを持たれているようだ。
今の天使のトレンドはライフルだ。
とはいえチエロも弓を持っていないわけでもない。
「あー弓ね、持ってる」
「見せて!」
「図々しいガキだな」
言いつつ、チエロは両の掌を合わせて呪文を唱える。
「
すると眼前の空間には白い魔法陣が形成される。チエロはその中に腕を突っ込むと、一張りの美しい白弓が引きずり出した。
「これ天使の弓」
「………………」
男児は言葉にならないほど恍惚としていた。それほど垂涎の物らしい。
「すっげぇ……すっげぇー!」
「まぁ天使ですから」
流石に矢は射らないが、チエロは軽く弦を引いてみせたりした。
というか人間の前でこんなに無茶苦茶やってみせて、パスカルはどうして黙っているのだろうか。常であればすぐに小言が飛んできそうなものなのだが。
天飼関連で何かやることがあって向こうに集中しているのかもしれない。
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