そろそろ帰らなきゃ
とある用事で、私は海沿いの田舎町に来ていた。海に用事があるわけではなく、川の水質を調査しに来ていた。
とはいっても大掛かりな仕事ではなく、私1人でこなせるような軽めの仕事だった。なので昼頃に着いて調査して、3時間も経てば仕事は終わってしまった。
黙々と仕事をこなしていたので、気づけばあたりは薄暗くなっていた。仕事が終わってしまった以上特にやることもないので、足早に帰宅しようと思っていたのだが、せっかくなので少し歩き回ってから帰ることにした。
私は普段、かなり都会の方で住んでいるから、田舎の穏やかな空気感に浸れられることが少ない。全身をこの空気感に浸けてから帰ろうと思ったのだ。
川周辺に置いた荷物はそのままにして、何も手に持っていない身軽な状態で川沿いの道に足を踏み入れた。足元の草をザクザクと踏みしめながら歩く。
暖かい季節も終わりかけてはいたのだが、夕方だったことと、今日は風が吹いていて気持ちの良い日であったので、なんとも心地よかった。
なにより夕焼けがとても綺麗だった。奥の方で紅葉のようにほんのりと、それでいて濃く輝いていた。手前にあるグレーの雲がその夕陽に照らされてより暗くなっていて、その対照的な景色が美しかった。
川沿いの道の川ではない方は、田んぼが広がっていて、そこに張った水がその夕焼けを鏡のように反射していた。
私は、もう二度と見られないかもしれないと思える程の絶景のように感じて、儚さを覚えた。
この瞬間を噛み締めたくて、少し立ち止まってこの光景を目に焼き付けていた。
しばらくして、夕焼けに吸い込まれるようにふらふらと再び歩き始めた。
川がゆるやかに流れる音、ギィギィと鳴く虫の音が遠くから聞こえてくる。それらに、風が切る音と私の草を踏み締める音が合わさっていた。気持ちの良い孤独だった。
いつまででもこの道を歩いていられそうだった。この時間が終わってほしくない。そんなことを考えながら歩っていると、地面が震える音がした。
ズン… ズン…
巨大な足音が聞こえ始めた。もしやと思って右斜め前を見ると、黒い巨人が横切っているのが見えた。夕焼けを隠してしまうほどの巨体がゆっくりと歩っている。
そろそろ帰らなきゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます