第2話 お先真っ暗⁉
父親が仕事に行った後、俺は部屋に閉じこもった。
いつもなら街へ出てフラフラする時間だが、何となく家を出ていくのはいけないことの様に思えたからだ。
寝そべりながら、何か楽しいことを考えようとする。しかし、すぐに試験のことで頭の中が埋め尽くされてしまう。
部屋に持ち込んだ「詰所採用試験概要」を手に取り、ぼんやりと眺める。それによると、試験はすでに20日後に迫っていた。
時間が残っているのか残っていないのかすら把握できず、自分が本当にこの詰所で働くことになるのか、想像が出来ない。
詰所は民にとっての相談所だ。
以前父親に連れられ、職探しにこの街の詰め所に行ったことがあるが、その時のことを思い出してみると、相談しに来る人は結構いたと思う。
相談事は人によって様々だが、誰もが困った様子で来ていたから、厄介な内容が多いのだと思う。
窓口の人はその内容を聞き、各担当に繋ぐ形になっていた。
俺のときも担当を紹介され、仕事の説明をしてくれるお姉さんと話し合った。主に父親が。
だが、結果あれこれ適当な理由を付けて断ったのだ。
時間を使って説明してくれたお姉さんには申し訳ないが、こんな人を相手にする仕事をやらなくていいニートは最高だなと思った。
なので、詰所は忙しくて大変な仕事だ、という印象がある。
そもそも、ぽっと出のニートがほいほい入れるものではないはずだ。俺が試験管なら、間違いなく不合格にするだろう。
溜息を付いて、内容に目を通していく。場所、持参品、と続いていき、その後は応募要項となっている。
『資格・職歴:不問。ノルマもありません』
おーいいじゃん。ノルマなんてあったら、毎回未達成で終わるからな…
さらに隣を見ると
『経験:未経験者大歓迎!風通しが良く、アットホームな職場です!』
…アットホームね。まぁ、ギスギスしてるよりはいいよな…。
『昇進:幹部候補募集!すぐに活躍出来ます!』
お、おん…。
『給与:歩合につき、応相談』
…………。
恐くなって、その続きを読み飛ばす。
そして最後は、この言葉で締めくくられていた。
『個性を重視した、やりがいのある仕事です!少数精鋭のチームで、あなたも成長しましょう‼!!』
「これヤベーやつじゃねぇか!」
自分から遠ざけるように、その紙を投げ捨てる。しかし、紙はひらひらと風に舞うだけで、足元に戻ってくる。
しばらくその紙を見下ろす。頭の中を占めていた試験の内容は、あっという間に自分が働く映像へと切り替わる。
よくわからん謎のおっさんから、いちゃもんを付けられ、
同僚から、使えねーやつだと陰で笑われ、
ろくに食事も出来ず、深夜まで書類の山に埋もれていく自分…
そんなことを想像してしまい、俺は頭を抱えるしかなかった。そんな未来が、現在進行形で迫ってきている。
「あの親父、何考えてんだ!ニートにこんな仕事、出来るわけねぇだろ!」
目の目にいない父親に文句を言う。
「ニートやったことないくせによぉ……」
最後は情けない声を出していたが、それが誰かに届くことは無かった。
俺は部屋をうろつきまわり、考える。途中で何か踏んだが、気にしない。
試験内容も妄想の中の仕事も全て追い出して、何か名案が無いか、必死に頭を巡らせる。
そうして、1つの案が思いついた。
天啓が下りてきたように、頭の中で繰り返し唱えられる言葉に、生気が戻ってくる。
床に落ちている、いつの間にか皺の付いた試験概要を手に取る。
さっきは読み飛ばしたところがある。その部分を読んでいくと、予想通り『試験内容』という項目があった。
『試験内容:筆記、面接』
この書き方だと、どうやら全員2項目を受けるようだ。
それなら、筆記は適当に回答し、面接では見当違いなことを言うだけで、不合格まっしぐらとなる。
試験に、わざと落ちよう。
合格する為なら勉強や面接の練習が必要になるが、落ちるだけなら準備も必要ない。毎日ダラダラしながら、試験日にお出かけ気分で首都に行き、試験を適当にこなせばいい。
試験に落ちたときの言い訳もすぐに思いつく。
『試験は頑張ったんだけど、残念!落ちちゃいました!ごめんね!』
完璧だ。
文句は俺を落とした詰所にお願いします。
そうだ、試験の後は首都の露店巡りをしよう。全国から美味いものや珍しいモノまで、何でも揃うのが首都というものだ。
そう思うと、むしろ試験日が楽しみになってきた。
あれ程思い悩んだ試験のことは、すでに頭から消えていた。
今俺のやるべきことは、試験終了からどのくらい時間があるのかを計算し、スケジュールを立てることだ。
試験の日時を見る限り、早ければ昼くらいには終わるらしい。それなら、悠々と首都を見て回ることが出来る。なんなら1泊するのも悪くない。
早速町にある書店に行って、首都の美味いもの巡りの雑誌を買いに行こう。
今日から20日間、忙しくなるぜ。
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