第3話 そんな名誉ならば
「キ、キス……ですか?」
当然の反応とも言うべきか――ロウナは困惑した様子を見せた。
弟子入り志願をした相手から、いきなりキスを要求されたら、誰だってそんな反応になるだろう。
そして、おそらくは幻滅する――どういう意図があるにしろ、こんなお願いをしてくる相手の弟子になりたいとは思わないだろう。
(……これはやからしすぎているのでは?)
発言とは簡単に取り消せないものである。
レリーシャは自らの欲望に負けてしまった――否、正確にはこれでも譲歩した方だ。
本来なら、イチャイチャしてえっちがしたいという欲望があるにもかかわらず、キスだけで済ませようとしているのだから。
――逆に言えば、そんな要求をする時点でかなりのクズの可能性はある。
しかし、これがレリーシャの本質であり、今まで我慢していたものがここで漏れ出してしまったと言っても過言ではない。
レリーシャは少し視線を泳がせた後、
「……あなたはキスしたこと、ある?」
「えっ、な、ないです」
「つまり、私の弟子になりたいと言うのなら、初めてを捧げるくらいはあるか、ってこと」
「!」
ロウナはハッとした表情をした。
――これはもはや、咄嗟に作り出しただけの言い訳である。
ただ、レリーシャが目の前にいる好みの女の子とキスしたい、そんな欲望を隠すためだけの、たった今生み出されたばかりのどうしようもない言い訳。
レリーシャだって、別にキスしたことがあるわけではない。
――正確に言えば、幼い頃は多少ある。
元から、同性の女の子が好きだったというか、おそらくこの頃から目覚めていたのだろう。
初めからそういう生き方ができていればよかったのに、あくまで隠して生活してしまったか、今の自分があるわけだが。
そんなレリーシャのどうしようもない意図を間違いなく知っているはずもないロウナは、
「……その、キスをすれば……弟子にしてくださる、ということですか?」
そう、上目遣いに聞いてきた。
――別にキスしなくたって弟子にしてもいい。
それくらいの破壊力はあるが、これはもうキスする流れではないだろうか。
「そうね。できるのなら――弟子にしましょう」
――キスをすることでどこまでの覚悟が確認できるというのか。
だが、ロウナはレリーシャの言葉を受け入れたようで。
「わ、分かりました。レリーシャ様の弟子になれるのなら……しますっ」
本当にキスをする流れになってしまった。
これは純粋にレリーシャの責任であるのだが。
「その、どうすればいいでしょうか……?」
ロウナは問いかけてきた。
ここまで来たら、レリーシャも覚悟を決めるしかない。
――そもそも覚悟も何もなく、欲望に負けて口にしたことなのだから、むしろ責任と取るべきはレリーシャなのだ。
「目を瞑って」
「は、はい」
ロウナは言われるがままに、目を瞑る。
彼女が目を閉じたところで――レリーシャは後ろを向いて、大きく息を吐き出した。
(……え、本当にキスするの? でも、これもうしていいってことだよね?)
改めて、周囲を確認して――誰もいない。
今、この瞬間ならば邪魔をされることはないのだ。
弟子に取るという条件付きではあるが、自分の願いが叶うのであれば――レリーシャは冷静な表情に戻り、ロウナの方へと振り返る。
彼女は少し頬を朱色に染めて、ただその時を待っていた。
――目を瞑って、待っている姿も可愛い。
レリーシャが彼女の頬に触れると、少しだけ身体が震えた。
息を吞んで、緊張しているのが分かる――レリーシャも緊張しているのだが、目を瞑ってもらったのは、それが分からないようにするためだ。
いっそ、今からでもキスの条件は取り消した方がいいのではないか――
(……いいえ、ここで退いたら『白氷の剣姫』の名折れ……!)
そんな名誉ならば折れてしまった方がいいのだが、レリーシャはゆっくりとした動きで、ロウナと口づけを交わした。
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