043

 辺りを満たす、淡い光で目が覚めた。


 どうやら、私はどこかに倒れ伏しているらしい。

 起き上がろうと身体に力を込める。床らしき場所に両手をつくと、手のひらからすうっと波紋が広がった。顔を上げる。


(ここは……電脳空間……)


 目の前には、透き通った水色がどこまでも続いていた。この場所には覚えがある。

 ゆっくりと上体を起こした。上のほうから、ひらり、となにか白いものが落ちてくる。


(桜の、花びら……?)


 淡く光る白い花弁が、私の周りだけを囲うように降っていた。ちらちらと、不規則な動きで桜が舞い落ちる。不思議なことに、花びらが落ちた場所に波紋は起こらなかった。白い花弁は吸い込まれるように水色の中に消えていく。


 そのとき、ぴちゃん、と音がした。

 背後から、つうっと波紋が広がって、私の身体の下を通りぬけていく。ひとつ、ふたつ、と波紋が重なり、誰か――〝彼女〟が歩み寄ってくる気配。


 私は大きく深呼吸すると、ゆっくりと立ち上がった。振り返る。

 そこには、ひとりの人物が立っていた。


「……フィオの中身は、君だったのか」


 人影が微笑む。見覚えのある、穏やかな表情。

 その静謐な微笑みに向かって、私は静かに呼びかけた。



「――ミア・アンジェリコ」



 そこにいたのは、宝石のように美しい翡翠の瞳。

 どこか悲しげな、けれど慈愛に満ちた眼差しが、痛みをこらえるように私を見つめていた。

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