039

 アイクがこちらを振り返る。


「打ち合わせ通りにな」

「ああ」


 議事堂の敷地をぐるりと囲むバリケード。その合間にある警備車両用の出入口に車を寄せると、たちまち武装した警官たちに囲まれた。


 ちら、と視線を走らせる。情報通り、警察の人員だけのようだ。指揮官である公安職員たちは、議事堂内に詰めているのだろう。


「おい。ここは立入禁止だ。下がれ」


 居丈高に言い放つ警官に、アイクが軽く目をすがめた。無言で車の窓を開ける。瓦礫や硝煙、火薬の臭いが入り混じった風が、車内にふわりと吹き込んだ。

 アイクの瞳がきらりと光る。通信越しにIDを提示したのだろう、たちまち警官たちの目から剣呑さが消えた。

 アイクが肩をすくめて笑う。


「公安だ。官庁のテロで結構な人数がやられちまってな。欠員補充で呼ばれたんだよ。ったく、こちとら休暇中だってのにとんだ事態だぜ」

「はッ。お疲れさまです」


 びしり、と警官が敬礼した。

 別の警官が「中の者に確認を取ります。少々お待ちを」と言う。アイクはひらひらと手を振って、それを遮った。


「ああ、良い良い。ここのトップ張ってるの、あいつだろ? えっと、パウルだっけか」

「はッ」


 警官の返事に、アイクは困ったように眉を寄せる。


「同期なんだけど、俺、あいつに目ェ付けられててさ。だからこんな大事なときに休み取らされてたんだよ。下のモンに頼まれたからしょうがなく出てきたんだけど、あいつと揉めるの嫌なんだよな」

「はあ……」


 戸惑いを隠せない警官に、アイクがそっと顔を寄せた。ひそひそとささやきかける。


「ぶっちゃけ、あいつ部下への当たりキッツイだろ。選民意識強いし」

「……」


 苦い顔で無言を貫くあたり、警官たちにも覚えがあるようだ。

 アイクは「そういうこった」と顔をしかめた。


「顔合わせたくねえの。なんなら、俺が出てることすら知られたくない。わかるだろ?」

「……それはまあ、たしかに」


 気まずそうにうなずく警官たち。どうやら彼らにも同じ気持ちがあるようだ。

 アイクは苦笑すると、ひら、と手を振った。


「とりあえずさ、通っていい? なんかあったら、俺が責任取るからさ。あんまここで止まってるのもまずいし」

「はッ。どうぞ」


 びしりと敬礼され、アイクは眉を下げて「ありがとな」と笑う。


「あいつの下なんて、あんたらも大変だよな。でもまぁ、処刑執行まであとちょっとの辛抱だ。お互い頑張ろうぜ」


 アイクの言葉に、警官たちも苦笑する。


「公安と違って、我々は後始末もあるんですよ」

「あ、悪ぃ。指揮官ポジションは楽でいいよな。どうせ休暇中だ、俺も後で片付け手伝うよ」

「いえ、そんな! ……あ、そうだ」


 警官の目が、すっと後部シートの私に向けられた。ぴくっ、と肩が跳ねそうになるのを抑える。


「後ろの方は?」

「警察の新人だよ。バディが足らなくて、急遽組まされたんだ。顔知らねえってことは、あんたらと別の署なの?」

「そのようですね。 ……おい、IDを出せ」


 打って変わった厳しい声に、私はこくりと喉を鳴らした。電脳内の〝道〟越しに、ルイーズに『来たぞ』と呼びかける。すぐさま返事があった。


『わかってる。行くぞ。3、2、1――』


 ゼロ。

 カウントに合わせて、ちかり、と目を光らせる。

 目の前の警官の瞳が光った。視界間通信が繫がる。

 その瞬間、警官の瞳の光が、かすかに揺らめいた。


「――Qia_XXのサザンカだな。確認した。通っていい」

「っ……どうも」


 緊張で詰めていた息を吐き、軽く会釈を返す。運転席のアイクが、ほっ、と息をつくのが聞こえた。

 アイクが警官たちに笑いかける。


「じゃ、頑張ろうな」


 それだけ言うと、すうっと車の窓を閉めた。なめらかにワゴン車が発進する。

 ふーっ、と息をつき、私は胸を撫で下ろした。アイクも同じく、どっと肩の力が抜けたようだ。

 私は通信を開くと、ため息混じりにルイーズに呼びかけた。


「ルイーズ、君が他人の電脳に入り込むのはお手の物というのは知っている。だが、さすがに目の前でアレは肝が冷えるな……」


 私のぼやきに、アイクが疲れたように言う。


「だから言ったろ。あのセンセイは肝が据わりすぎてんだよ」

『ははっ。君たちが小心者すぎるのさ』


 ルイーズの笑い声。私とアイクはたちまちげんなりした顔になった。


「あんたなあ……いざとなったら、撃ち殺されんのは俺たちなんだぞ」

『なあに、そうなったらツバキがなんとかしてくれるさ。彼女はただの私のマリオネットではないのだから』

「……傀儡呼ばわりはやめてくれ」


 たしかに、その通りではあるのだが。

 私の電脳とルイーズの電脳は〝道〟を通して繋がっている。彼女は私そのものを、リモート端末として利用できるのだ。私の目は彼女の目であり、彼女は私の機能を自由に使うことができる。さっき警察IDをごまかしたのも、ルイーズが私の目を通して警官の電脳に入り込み、彼の認知を歪ませたからに他ならない。

 とはいえ、マリオネット呼ばわりはいい気はしない。私は思い切りため息をついた。ルイーズがくすくす笑う。


「おい、じゃれてる暇はねえぞ。到着だ」


 アイクが呆れたように言った。はっと気持ちが引き締まる。


 たしかに、車両置き場に着いたらしい。周囲には装甲バンが大量に停まっていた。


 最後にもう一度、全身の動作確認ソフトを走らせる。問題がないことを確認して、装備を整えた。アイクもいつものスーツから着替え、護身用の銃を身につける。


 現場に溶け込むため、私もアイクも同じような出動服だった。ただし警護の私はメット着用なのに対し、指揮官クラスのアイクは素顔を晒しているという違いはあるが。


 アイクが襟元を整える。ちら、と鳶色の瞳が振り返って私を見た。


「おまえは俺の護衛の刑事ってことになってる。人前ではその役柄を貫き通せ。絶対に目立つな」


 黙ってうなずく。

 目元を引き締め、アイクはきっぱりと言った。


「正体がバレたら終わりだ。いいかツバキ、ここから先、何があっても、短気は出すなよ」


 痛いほどの念押し。前科が山ほどあるだけに、反論もできない。

 だが、今の状況がどれだけ危険なものなのかは、さすがに私にもわかっていた。

 唇を引き結ぶ。私はきっと顔を上げ、言った。


「わかった。さあ、行こう」

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