038

 大型のワゴン車が、議事堂へ通じる道路をひた走る。


 周囲はひどい混乱だった。フィオの処刑を一目見ようと、大勢の反アンドロイド派が詰めかけているのだ。彼らはほとんど暴徒と化しており、あちこちで暴動が起きていた。


 路肩に倒れたバイクを避けて、アイクがハンドルを大きく回す。車内がぐっと傾き、電脳内にルイーズの声が響いた。


『待て、このまま行くとデモ隊の座り込みに当たる。次の角を左に行け。あともう少しで議事堂に到着する』

「わかった!」


 アイクが再びハンドルを切る。全身にGがかかり、後部シートの私は慌ててアシストグリップを掴んだ。

 電波越しのルイーズが笑う。


『さっきは検問を抜けられてよかったよ。さすが公安のIDだ』

「ありゃ半分以上、あんたの遠隔サポートのおかげじゃねえか」

『いやいや。〝急遽配属された新米刑事〟が見咎められることはなかったのは、君の口八丁のおかげさ』

「それ、公安関係ねえだろ……」


 ふてた声。ミラー越しに、アイクが不服そうにくちびるをとがらせるのが見えたた。私はルイーズへと呼びかける。


「ルイーズ。君がワイアット研究所に戻ると言ったときは驚いたが、まさかあそこの機材がこれほど役に立つとは思わなかった」

『ああ、どれも世界に数台しかない最高性能機器ばかりだからな。私のようなただの電脳研究者でも、凄腕ハッカーの真似事ができる』

「ただの電脳研究者って……あの設備を全部使いこなせるってだけで、十分やべえんだよなあ」


 アイクが呆れ混じりに言った。違いない、と思いつつ、新しいボディの動作確認に戻る。関節の可動域や筋力の確認、内部システムのチェック。問題はなさそうだ。


『さて』とルイーズの声がした。


『じきに議事堂だ。状況をもう一度確認しておこう』

「ああ」


 私とアイクが頷くと、電脳内の共有ルームにぱっと地図が広げられた。


『フィオの処刑は、議事堂の屋上に設置されたステージ、その壇上にある電波遮断室で行われる。アイク氏のIDを使えば、議事堂に近付くこと自体は容易だが……』

「問題はそこからだな」


 ルイーズのうなずく気配。


『まず、見張りを誤魔化して敷地内に入らなければならない。議事堂の警備は公安の指示下で警察が行っている。ここはアイク氏に頑張ってもらうしかないだろう』

「口八丁でな」


 アイクが茶々を入れる。ルイーズは綺麗にそれを無視して、続けた。


『次に、処刑台のある屋上を目指す』


 ぱっ、と地図が議事堂内部のものに切り替わる。


『議事堂内は一階~二階の下層と、三階の上層に分かれており、下層は作戦活動のための拠点として貸し出されている。一方の上層は、国家警備上の機密として厳重に封鎖されており、完全に無人だ』

「窓の外はうるせえくらい監視ドローンが飛んでやがるけどな」

「とはいえ、上層内は無人なんだ。下層を抜けるときは君たちに頼らざるを得ないが、上層は侵入時さえ見つからなければいい。そのときは人目をごまかすため、ルイーズ、君の力が必要だろう」

『ああ。腕が鳴るな』


 くすりとルイーズは笑い、続けた。


『なんとか屋上に辿り着いたところで、そこには狙撃手がずらりと並んでいる。彼らを振り切り、高いステージをよじ登って、ようやく電波遮断室に到達というわけだ』

「遮断室の透明壁は、私ならすぐ破壊できる。Xを確保できれば、あとはこっちのものだ」

「ルイーズが、監視ドローンに偽装した運輸ドローンから、物理・電子両方に作用する目眩ましをバラ撒く。そのスキに、俺たちは運輸ドローンに捕まって一気に離脱すりゃあいい」

『そういうことだ。きちんと頭に入っているようでなにより』

「お褒めに預かりどうも、学者センセイ」

『相変わらず口が減らないな、生徒くん』


 アイクとルイーズは軽口を叩き合っている。私の知らない間に、ずいぶん親しくなったらしい。なんとなく面白くないような気になって、私は軽く運転席のシートを叩いた。


「ん、なんだよ」

「別に。楽しそうだなと思って。おさらいが終わったなら、運転に集中したらどうだ」

「? ああ……」


 わけがわからない、という顔をしつつも、アイクがハンドルを握りなおす。鳶色の瞳とミラー越しに目があって、アイクがかすかに顔をしかめるのが見えた。


「どうした」

「いや、その……どうだ、新しいボディは」

「ああ。問題はなさそうだ」

「そうか……」


 ちらちらと私を見るアイクの目は、どこか気遣うような、申し訳なさそうな色を宿している。それでようやく、ああ、と思い至った。

 彼が気にするのも当然だろう。いま私が入っているのは、元のボディと同機種ではない。死んだサクラと同じ、Qia_XXタイプだったからだ。

 アイクが控えめに言う。


「その、いい気はしねえと思ったんだけどよ……Qia_XXは今、警察でもっとも普及してるモデルなんだ。俺がすぐ用意できて、おまえの身元を隠せるってなると、他に選択肢が……」


 ごにょごにょと語尾が消えていく声に、私は思わず苦笑した。


「わかっている、そんな顔をするな。後継機だけあって、むしろ元のボディより使いやすいくらいだ」

「なら、いいけど……」


 最終確認を終え、私はそっと窓ガラスを見る。流れる暴動の風景、そこに重なって、窓に映り込んだ自身の姿が見えた。

 なつかしい、サクラと同じ顔が、じっと私を見つめ返している。窓ガラスにそっと指先を触れさせて、私はつぶやいた。


「むしろ、ありがたく思っているんだ。この姿をしていると、まるで……サクラが力を貸してくれるみたいに思えるから」


 窓の中でまばたきをする顔の、瞳は桜色ではなかった。もとの私のものと同じ、赤い、椿の花の色。サクラが好きだと言った色だ。


(サクラ……どうか、私を守ってくれ)

 そっと窓を撫でていると、ぼそり、と運転席からつぶやきが聞こえた。


「……きっと、そうさ。彼女は、おまえの側にいる」


 かすかに目を伏せる。私はこみ上げる感情を噛み締めて、ゆっくりと頷き返すと、


「ああ……そうだな」


 口元に小さく笑みを浮かべた。不思議な安堵感があった。


『――さあ、近付いてきたぞ』


 ルイーズの声が感傷を打ち切る。私とアイクは表情を引き締めた。

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