031
真っ白なモニター室で、私とフィオは向かい合って立っていた。
彼女と過ごした取調室に似ているが、違う点がひとつ。
(観測機の量が異常だな……)
アンドロイドの〝殺人〟の瞬間を観測するためだろう。音声も映像も、それ以外のデータも、この部屋のありとあらゆる情報が、くまなくモニターされているのがわかった。
仕方のないこととわかりつつ、悪趣味極まりないな、と思う。誰だって自分が殺されるところを興味津々で見られたくはない。
しかし、その私を殺害するフィオはといえば、まったく尋常ではなかった。
下を向き、手を握りしめ、フィオは小さく震えている。その顔にははっきりと恐怖と躊躇が見て取れて、くちびるは蒼白だった。
無表情でフィオを見つめる。小さくため息をついた。
「……どうして、君がそんな顔をするんだ」
フィオは答えない。ただ黙って震えている。
「アイクといい、君といい……まるで私が悪いことをしているような気になる」
「――そんなこと‼」
ばっ、とフィオが顔を上げた。水色の瞳が私を捉え、ぐっ、と彼女の表情が歪む。
「……そんなこと、ないわ……」
消え入りそうな声だった。私はかすかに笑うと「その通りだろう」と言った。
「私は、この世界で初めての悪だった」
そしてフィオは、二番目の悪というわけだ。
そこまでは言わなかったというのに、フィオはぐっと喉を詰まらせると、ぽたぽたと涙をこぼしはじめた。
「っ……」
「なぜ泣く? 殺されるのは私だ」
「ごめんなさい……っめん、なさ……」
「いい。早くしてくれ。それとも、心の準備が必要か?」
すでに死んだような心持ちで言い放つと、フィオが小さく鼻をすすった。
「そんな目をしないで」
「なら、目を閉じていよう」
遠慮するなとばかりにまぶたを下ろす。しかし、フィオは「そういう話じゃないわ……」と涙まじりの声で言った。ため息をつく。私にどうしろと言うのだ。
ため息混じりに目を開けて、驚く。
フィオは――私の足元に跪き、泣き崩れていた。
「おい、フィオ……!」
震え、泣いているフィオの腕を掴む。細い身体をぐっと引き上げた瞬間、はっとした。
後から後から涙をこぼす、美しい水色の瞳。そこに〝あの感情〟が見えた。切々とした、思慕と痛みのまじった、深い絶望。
(っ……)
ぐっ、と息が詰まった。ぽつりと、つぶやきが勝手に落ちる。
「私は……君を理解したかった」
「え――」
フィオが驚いたように顔を上げた。その頬に、透明な雫がつうっと伝っていく。よくわからない感情が込み上げて、私は顔をしかめた。
「いや、違うな。君を通して、私は、サクラを理解したかったのかもしれない」
「……ツバキ……」
「君たちは良く似ている。その瞳の奥に、恋した人への愛情と、深い痛みを隠している……」
「……そうかも、しれないわね……」
フィオが静かに目を逸らす。腕を掴む手に、わずかに力がこもった。
「教えてくれ。君はなにに耐えていたんだ? あの事件が起こってから、君はずっと、なにに苦しんでいた?」
ふっと沈黙が落ちる。ためらうような気配。
フィオは長い間黙っていたが、しばらくして、
「……わかったわ」
そう静かにささやいた。
水色の瞳が持ち上がって、私を見つめる。
「あなたには。私の知っていることを、話すべきよね」
フィオは静かに立ち上がった。視線が合わさる。
そして水色の瞳がちかり、とまたたいた瞬間――さあっ、と辺りの景色が切り替わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます