第1章
001
「……ツバキ・ワイアット。以上の人員を、花嫁ミア殺害事件の被疑者、
リストの最後に自分の名前が加えられたのを聞いて、私の心臓はひそかに高鳴った。会議室の長机、その下で両手をぎゅっと握りしめる。いつも着けている黒い革の手袋が、きしりと小さく音を立てた。
「チーム編成に続き、事件概要を説明する」
捜査会議の壇上で、ボスがぐるりと一同を見渡す。
「七日前、アンドロイドである被疑者Ph_10nyは、結婚式の当日に、式場で被害者、ミア・アンジェリコを殺害した。死因は、強烈な腐食液を耳から流し込まれたことによる脳の損傷だ」
ざわり、と会議室の空気が重くなった。生きながらにして脳を焼かれる。その死に様はあまりに残酷で、むごたらしかった。
ボスが続ける。
「被疑者はその場で客人たちに拘束、逮捕された。相手があのPh_10nyなだけに追加の死人が出るかと思われたが、ミアを殺害した被疑者はその場に座り込み、大人しく拘束されたそうだ。しかし拘束直後に彼女は意識を失い、今朝まで譫妄状態が続いていた」
壇上のボスは左手を持ち上げて、小指をとんとん、と叩いた。
「おそらくは、小指のストレス管理リングを外した状態で犯行に及んだため、精神的ショックで倒れたものと思われる。一時は危険な状態だったが、現在は医師の管理のもと、状態は安定している。今なら会話も可能だそうだ」
だからこそ、こうして尋問のための聴取チームを編成したのだろう。
(しかし――)
私が疑問を抱いた途端、他の刑事がさっと挙手をした。
「ですが、今どき会話による古典的尋問というのは、どういうことですか。電子尋問で十分では」
うなずいたボスが、すかさず補足する。
「もちろん、被疑者の意識消失中、通常の電子尋問を行った。その結果、捜査員三名と医療スタッフ二名が被疑者の電脳に呑まれて緊急搬送。これ以上は危険と判断して尋問を打ち切った」
かすかなどよめき。ボスは資料を各々の電脳上に呼び出すと、押収物一覧をピックアップした。
「また、被疑者の自宅や勤務先を捜査したものの、資料や手記等はすべてPh_10nyの電脳に合わせて高度な概念化がされていた。現在専門家を集めたチームが解析に当たっているが、解読は絶望的と見ていいだろう」
重々しい空気が会議室に流れる。ボスは一同を見回すと「そういうことだ」とうなずいた。
「現状、事件の背景について確実な情報を得るには、もはやPh_10nyへの古典的尋問しか手段がない。通常捜査班や電子捜査班にも動いてもらうが、基本は聴取チームの補佐だと思え」
全員が頷く気配。引き締まった表情のボスが頷き返した。重々しい声が、「いいか」と投げかけられる。
「これは人類史に残る重大事件だ。世界初の、アンドロイドによる殺人。動機も、経緯も、そしてなにより、アンドロイドに殺人を可能にさせた方法も、一切が不明。我々はその全てを解明せねばならない。なんとしても警察の威信を見せつけろ。捜査員たちにおいては、人間もアンドロイドも一致団結して捜査に臨み――」
「……おい。おいツバキ」
唐突に、とんとん、と二の腕を叩かれた。なんだ、と隣の席を見やる。そこには鳶色の瞳が、眉をひそめて私を見つめていた。同僚で相棒のアイクだ。
「なあツバキ、あまり意気込むなよ」
ひそひそ声が、そっと呼びかけてくる。私は不躾なバディを横目で睨むと「これが意気込まずにいられるか」とつぶやいた。アイクが肩をすくめる。
「まあ、気合が入るのもわからなくはねえけど。長い共生の歴史の中で、初めて人間を殺したアンドロイドだ。その尋問を任されるなんて、刑事として最高の名誉だもんな」
「違う。私が意気込むのはそんな理由じゃない」
「つれないなあ……かわいくねえ女」
「は? 殺人課の刑事にかわいげは不要だろう」
「ハニートラップとか、使い所はいくらでもあるだろ。せっかく美人に産んでもらったんだぞ? その無駄に凛々しい美貌をうまく使えないんなら、とっとと全身義体化しちまえよ」
「……色仕掛けなら、配属初日で適正なしと断言された。アイクこそ、中途半端な色男を軽口で台無しにするくらいなら、もっと威圧的な義体に乗り換えたらどうだ」
「ちえ、へらず口め」
「――アイク! ツバキ!」
壇上のボスから叱咤が飛んだ。たちまちアイクが顔を引きつらせ、居住まいを正す。私も慌てて背筋を伸ばした。
長机に並ぶ大量の刑事たちが、一斉にこちらを振り返る。ボスが眼光鋭く私たちを睨みつけた。
「そんなに学生気分がやりたいなら、今すぐ警察学校に送り返してやる。一から根性を叩き直してこい」
「申し訳ありません!」
「それが嫌なら仕事をしろ。尋問は一時間後だ。以上、解散」
「了解しましたッ!」
それこそ学生のような返事をして、アイクがびしりと立ち上がる。呆れ混じりにこちらを見ていた刑事たちが、ばらばらと立ち上がった。私もそれに続く。
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