第十六回書き出し祭り『錬金術師の紡ぐ旅。』
【あらすじ】
おじさんその馬車乗せてって!
――魔女のような風体のくせに、「はあ? 箒に乗れるわけないでしょ。非科学的すぎ。バカなの? 魔法は人には使えないのよ」とジト目で言ってくる錬金術師リアリスト。
今日も彼女は不躾な物言いで、徒歩での旅を再開する。
彼女の名前はアウレリア。標高の高い場所にしか咲かないと言われる純白の花から取られていて、その花言葉は『気品』『無垢』そして『救済』――うん。彼女に相応しい。
行く先々で問題を起こし、行く先々で人々を助け、
行く先々で趣味のスケッチをして。
この物語は紡がれる旅だ。
だから終点は特にないし、アウレリアに大層な目的もない。
一人の少女の珍道中。それがすべてに思えるけれど……。
〝――だけど、きっと安心して。
意味は、あとから付いてくる〟
自由に生きる錬金術師の、ロングジャーニーを御覧あれ。
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【本文】
「……ですから、まだ十五歳に成られていないアウレリア様を神秘領域にお通しすることは出来ません。どうかお引き取りください」
バタン、と大きな門に締め出されて、十四歳と九ヶ月になったばかりのアウレリアは全くの想定外であった『年齢制限』という壁に出鼻を挫かれることとなった。
家出をしてから既に三時間が経過する。
……あの高慢な父親に、連れ戻されてしまう前にさっさと神秘領域へ逃げてしまいたかったのだが……。
アウレリアの旅の始まりは、前途多難のようだった。
◇ ◇ ◇
「まったく、なんなのよぉあの男……! あたしは錬金術師なのに……!」
しばらく時間を置いてみると、守衛の男に対して怒りが湧いてくるようになった。
先ほどのやり取りがあった境界検問所を北側に据えるこの街・ヒューガロンでは、アウレリアのような子どもを見かけることはあまりない。
守衛の男にしても、まさかの申し出だっただろう。
アウレリアのような背の低い少女が、まさか危険な神秘領域への通行許可を求めてくるなんて。
「いい? あたしは、天才なの。そこらのおじさん錬金術師なんてへでもないわ。ずっと、ずっとずーっと、すごいんだから……」
ヒューガロンは治安の良い街だ。駐在する衛兵も多いし、問題を起こす輩が根城とするような場所でもない。それでも子どもが少ない理由には、やはり神秘領域と隣接している土地であることが挙げられる。
そのため、同年代の友達が一人もいなかったアウレリアは、自己肯定感高めの独り言が癖になってしまっていた。
はぁ。とため息を吐き出して、アウレリアは伏せていた金色の瞳を持ち上げる。
この街は家族で何度もお出かけに来たことがある。
だから、見慣れた景色のはず――。なのに、ベンチに座りながら眺める人通りはどこか異国のように思えて、アウレリアはほんの少しだけ心細さを感じた。
そのほんの少しだけ感じた心の弱さを隠すみたいに、アウレリアは勢いを付けて立ち上がるとぐっと拳を固く握り締める。
「どうにかして、神秘領域へ行くのよ、アウレリア!」
ぴしっ! と天高く空を指差す。
ざわっ、と通行人の注目を寄せながら。
……気恥ずかしさに襲われたアウレリアは、つばの広いとんがり帽子をぐりぐりと深く被りなおすと、その場から逃げ出すように姿を消した。
さて、ここで問題が二点発生する。
一つは思い付く限りの入域方法がどれも身分を偽るような不法行為であること。
そして、間もなく夕暮れを迎えてしまうことだった――。
「宿を取りたいのだけれど」
「はい。一泊でよろしいですか?」
「夕食は他所で済ませたいわ」
「では料金はこのようになります」
アウレリアの堂々とした立ち振る舞いもあって、必要以上に怪しまれることはなく宿を取ることが出来ていた。
さっそく受け取った鍵を手に、意気揚々とこの街一番のスウィートでラグジュアリィな高級部屋へと向かう。
無論、ヒューガロンはいわゆる地方都市であるからして、多少の脚色と誇張を含んだ彼女の心理的表現であることは否めない。
「ふぅ! まったく、疲れたわ」
清潔感のある木造の洋室で、丁寧に整えられたベッドになんの臆面もなくダイブしたアウレリアが、しみじみと本日の疲れを吐き出す。
「一人旅って快適ね。父さんがいないだけで、こんなに伸び伸び出来るなんて」
今頃どう思われているだろうか。
母が亡くなった一年前から、父は人が変わったようになってしまった。今回のアウレリアの行動が、そんな父にお灸を据えることになればいいと思っている。
この辺りは田舎で、ヒューガロンに移動したことはすぐに気付かれてしまうだろうが、まさかバッチリと仕込んだ旅の用意に高級宿で一泊しているとは思うまい。それも、父のへそくりを使って。
「母さんにだって文句は言わせないわ。先に置いて行ったのは母さんなんだから」
開き直るように述べる。アウレリアは、家族が団結するべきだとか協力し合うべき時だとか、それらをちゃんと理解した上で、自分の人生を歩むことを選んだ。
それがどれだけ無謀だとしても、批難されても挫ける気はない。
「あたしは自由に生きるのよ」
その言葉が全ての本質であろう。
アウレリアは数分の休憩のあと、ベッドから降りて旅の荷物をぎゅうぎゅう詰めにした本革トランクケースを開いた。これは母譲りの年季入りの品で、丸くなったアウレリアがすっぽりと収まりそうなくらいの大きな鞄だったりする。
なかには数日分の着替えと趣味のこまごまとした画材道具。旅に必要そうな雑貨たちに、ついつい持ってきた家族写真やよれたぬいぐるみが押し込められていた。
いつかの旅の支えになるだろうと連れてきてしまった物たちだ。
まだ感傷に浸る気もない、心の強いアウレリアは、それらを無視して貯金箱と不思議な宝石ケースを取り出す。
宝石ケースは錬金術に必要な道具だった。
アウレリアが専修するカバラ式錬金術によく用いられる、森羅万象を司るための術式に対応した九種類の宝石と水銀入りの小瓶を持ち運ぶための携帯用のケースだ。
ご丁寧にも見た目をハードカバーブックのように加工しており、それを携えたアウレリアの姿はやはり魔女と呼ぶに近しいものを感じる。
完全に趣味である。
「うん、バッチリね。夜を出歩くには欠かせないわ。あたし、か弱い女の子だし」
ここでカバラ式錬金術、というものを簡単に説明すれば、いわゆる『学問』としての根元的な錬金術から派生し、神秘領域に合わせて再解釈の施した『戦術』としての錬金術であると理解して頂いて構わない。
そも、神秘領域とはヒューガロンをはじめ飛び地のように点々と存在する『人類によって切り拓かれた土地』=発展領域と正反対の状態にあるとされる魔境で、未だ制御不能で謎に包まれた魔力濃度の桁違いな――『なんでも起こりうる土地』のことを指す。
そこでは地形が常に変動するというし、異形の化け物に襲われるというし、物理法則がひっくり返るそうだし、魔術法則はとっ散らかるそうだし、とにかく、何でもありの危険な場所なのだと。
よって、錬金術師とは、なにも化学者のことではない。
この場において錬金術師とは、神秘領域の探索者。を総称としてそう呼んでいた。
――その末席にいる箱入り娘・アウレリアに視点を戻す。
中身を確認した宝石ケースはローブと衣服の間に忍ばせて持ち歩くことにしたようだった。しかし前述の通り、これは神秘領域で使うためのものであり、街中での護身用として携帯するにはやや不適切で過剰が過ぎる。
年頃の乙女には必要な警戒意識かもしれないし、それを当然のように考えている辺り、師であった父の過保護な教育も実際のところある気はするが……。
貯金箱から夕食代の補充を済ませ宿を飛び出したアウレリアは、ここで一つ、部屋の鍵を閉め忘れるという失態を犯しながら、夜の街へと繰り出して行った。
ヒューガロンは、治安の良い街である。
だから滅多に事件は起こらない。
滅多に事件は起こらないのだが、例えば『如何にも未成年の女の子』が『羽振りよく一人で高級宿』に泊まり『部屋の鍵を掛けずに出て行った』となれば、話は違うのかもしれない。
それを食い物にしようとする、悪人だっていないわけではない――。
そんな予兆に気付けるわけもなく、アウレリアは食事処を探す。
「ふぁああ……!」
そこかしこから漂う蠱惑的な香りに彼女の足取りはふらふらと彷徨う。
個人で行う屋台店から大衆居酒屋まで、ひしめき合い並ぶヒューガロンの中心街では、日も落ちた頃だと言うのにお祭りのような雰囲気があった。家族で買い出しに来ていた頃はこんな時間まで滞在したことがなかったため、ヒューガロンの知られざる一面にアウレリアは感動してしまう。
――そうそう、旅って、こういうことなのよ!
人だかりでは声に出せないが、アウレリアは目をキラキラとさせた。
しかし食事処には悩む。今日は記念すべき旅の始まりで、ご馳走と意気込みたいところなのだ。
居酒屋、にも憧れはあったが、さすがのアウレリアもまだ一人で飛び込む勇気が出なくて、「まずは食堂よね」と自分に納得させながら比較的落ち着いた客層の店舗へ足を運ぶことにした。
美人なウェイトレスに歓迎され、誘導された席で手書きのメニュー表を受け取る。
「さっそく注文してもいい?」
夕食の内容はすぐに決めることが出来た。
はあ。と深いため息が洩れる。
気疲れからというよりも、期待や緊張から来るため息だ。
料理が運ばれてくるのを待つ間、アウレリアは周囲の音に耳を傾けて時間を過ごした。この時間がひたすらに愛おしかった。
厨房で鳴り響く調理の音。お客さんの話し声。ウェイトレスの接客術に、丁寧語だって少し学ぶ。
普段なら目を向けられない、あるいは向けていないものに、こうやって目を向けられる。
この自由がたまらなく嬉しかった。
――そうだ。これからきっとこの先、アウレリアが「もう旅はしたくない!」と拒絶するような時が来るまで、彼女は誰にも止められない。
それは今までの抑圧があればこそ。
間違いなく今のアウレリアは、生き生きとしているようであった。
運ばれてきた料理を見下ろす。
肉厚なステーキに、アウレリアの大好きなコーンサラダ。コーンポタージュ、石窯パンと、オレンジジュース。
このご馳走が、旅の始まり。
そして裏では事件の香り……?
アウレリアの紡ぐ物語は、まだ、筆をとったばかり。
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