第二十回書き出し祭り『『たとえ君が全世界を敵に回しても』的なやつ』

【あらすじ】

 俺のなかで"人をイラつかせる"に定評のある六つ下の少女・深山すぐるは、ある日を境に不特定多数の一般人を唐突に殺人鬼に変貌させる(深山に大して殺意衝動を抱かせる)未知のフェロモンか何かを放つようになった。全世界から理不尽に憎まれる体質となってしまったのである。


「なんでウチはこんな目に遭わないといけないんスか!?」


 世界中から後ろ指を刺されるようになってしまった謎体質の少女と唯一その影響を受けずにいられる朴念仁気質の主人公が、全世界を相手にスリラーな逃走劇を繰り広げるお話。


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【本文】

 その日はいつもと何かが少しだけ違った。

 朝六時。暴動のようなやかましい騒ぎ声に健やかなる睡眠を阻害され、俺は眠たい目を擦ってカーテンを開ける。


「だれかーっ! 助けてくださいっスー!!」

「……なにしてんだあのバカ」


 ベランダに出て、夢かな? とまず思った。

 まさか寝巻き姿で燃えるゴミ袋を片手に全力疾走する顔見知りの女の姿を見るとは。しかも、彼女の後ろには五人ほどの近隣住民が尋常じゃない様子で襲い掛かろうと続いており、彼女の叫び声を聞きつけた俺のような人たちはベランダや窓から道路を横断する彼女らの様子を興味深そうに見守っている。

 俺の住居はアパートのため、隣人と同じタイミングでベランダに出ているのは気まずく感じるものがあった。


「あ、おはようございます。なんか騒がしいっすね」


 世間話の一環として声を掛けたつもりだが、逃走する少女の姿を一点に見つめた隣人は何も言わずに唐突に身を翻して玄関から飛び出して行ってしまう。

 はあ? なにが起こっているんだこれ……。


 疑問に思っていると、そういった異変が隣人だけじゃないことに気付く。逃げる少女の動向を見守っていると、続々と民家から包丁や金槌を手にしたおじさんおばさんが姿を現していた。

 いや、あれは不味くないか?

 ただならぬ雰囲気を感知して流石の俺も慌てる。


 何はともあれ、逃げる少女――深山すぐるが心配だった。


 ///


 外に出て、深山のことを追いかける人の流れに紛れて俺は走っていた。すると、嫌でも気付くものがある。

 全員、殺意の衝動に駆られているみたいだ。

 それも深山に対してのみ。


 ……昔からあいつは人をイラつかせるのが上手い生意気なやつだとは思っていたが、これはあまりにも常軌を逸している。

 一部の人の怒りを買ったわけではないのだろう。隣人や、その他野次馬のように彼女のことを遠巻きに見ていたご近所さんを一斉に追っ手の一味に加えさせたあたり、もっと何か潜在的に、あいつが憎まれるようになった原因がある。


 それが何かは分からないが、少なくとも俺は理性的でいられているし、他の人は深山以外に見向きもしなかった。

 よって、俺は比較的安全に集団を抜け出し、深山のもとへ駆けつけることが出来た。


「おーい! 深山!」

「はっ、その声は!」

「足は止めるな! 後ろすごいことになってるぞ!」

「う、ウスっ!」


 俺はわりと足が早いほうなので深山にはすぐに追いつける。というよりも、なんだか追っ手の様子が全力疾走でぶち殺してやる!という感じでは全くなくて、なんというか、悪い例えだとは思うがゾンビ映画のゾンビの集団のように塊となって追いかけている面があったから、ダラダラとこの鬼ごっこが続いてしまっているとも言えた。


「いったい何があったんだ!?」

「し、知らないっスよぉ! なんかっ! 今朝ゴミを捨てようとしたら、たまたますれ違って挨拶したおじさんが突然鬼の形相をしてウチのこと殺そうとしてきたんスー!!」

「なんでだよ!?」

「いや知らないですって! 他にも、みんなしてウチのこと激オコ状態で追ってくるから、いつの間にかこんなことになっちゃって! なんで先輩は無事なんスか!? 好き!」

「こんな状態で告ってくんなあほ!」


 並走しながら変なことを言う深山に呆れ返る。

 ……しかし状況としては最悪みたいだ。当人でさえ原因が分からないとは、いつか捕まったら冗談抜きで酷い目に遭わされる可能性があるぞ。


「とりあえず一旦撒こう! 協力する!」

「どうすればいいっスか!?」

「お前の家は!?」

「両親に殺意向けられたらウチ号泣するっス!」

「――じゃあ仕方ねえ! このまま住宅地をぐるっと回って俺の家に駆け込もう!」

「行っていいんスか!? 今まで一度も入れてくれなかったのに!?」

「だってずっと走り続けるわけにもいかないだろ!」

「やった! めちゃくちゃ嬉しいっス! これぞ、早起きは三文の徳!」

「あほあほあほあほ言ってる場合かっ!」


 全く悪びれる様子もない深山に、至って真剣な俺は憤慨する。

 危険が迫っている当事者だというわりに随分余裕があるのか並走しながら片目ウィンクと舌出しで『てへぺろ☆』をしてくる。

 これが漫画なら俺の血管は十字に浮き出しているだろうよ。


「ゴミをよこせ!」

「何する気っスか!?」

「――足止め、ッだよ!」


 ブォン!と後方へゴミを放り投げる。先頭集団にクリーンヒットし、ゴミは散乱し、絵に描いたような地獄絵図だ。

 しかも都合よくバナナの皮が多い。深山家の食生活なんてこんなので知りたくなかった。


「しっかりと俺のあと着いてこいよ!」

「ウス! ってこんな入り組んだほう行って大丈夫なんスか!?」

「あぁ、お前は知らないだろうが俺の休日の趣味は無駄に近所を練り歩くことだ!」

「えっ友達いないんスか!?」

「おいぶっ叩くぞ」


 色々と言いたいことはあるが、俺たちはなんとか追っ手を撒くことに成功するのであった。


 ///


 無事に帰宅する。


「たはーっ、疲れたっス……」

「解放されたとは言えないけどな」


 後ろ手にある玄関口が先ほどから何者かによって蹴り付けられている。鍵とチェーンを掛けたし、重たい扉なのでそう破かれることはないだろうが、狙われていることには変わりない。

 心配だ。


「見てください、汗でぐっしょりっスよ。ほらオッパイ」

「俺お前のそういうところ本当に嫌い」


 ジャージの胸元を開けて中のブラを見せつけてくるバカなこいつの頭をスパンと引っ叩き、ファスナーを持って首元まで閉じさせる。

 頭を抑えた深山すぐるは半べそかきながら「何するんスか〜!」と嘆いていた。


「今日は厄日だ……」


 項垂れる。居間に移動した俺は、テレビの電源を入れて何かニュースになってはいないかと探した。ゾンビパンデミック、と言われたほうが理解出来るくらい異常な展開だ。


『指名手配の速報です』


 その番組では、深山すぐるの中学時代の卒業写真が掲載されており、ライブ映像のほうに転じるとヘリコプターから地元(俺たちの今いる場所の近く)を映している様子が見られる。


「……お前何やらかしたの?」

「ウチは無実っス!!」


 深山すぐるは嘘を吐けない純真かつ天真爛漫な性格のやつなので、これが嘘ではないことは分かる。同時に、現状の異常性が浮き彫り立つ。


「いや、だって普通こうはならないぞ……」

「本当っスよ! これは夢なんスか!? なんでウチ、こんな目に遭わないといけないんスか!?」


 むにぃー、っと頬をつねりながら涙ながらに深山が訴え掛けてくる。現状、俺が唯一マトモな感性をしていられるので深山はなんとかなっている節があるが、じゃないとまるで、全世界を敵に回した悲劇のヒロインみたいだ。

 殺されかけた、とは言葉でしか聞いてないが、その恐ろしさも深山の態度を見ていると察せられる部分がある。こいつがここまで怯えるなんて、あり得ない。


「ウチはこれからどうすればいいんスか……」

「……分からねえけど、とにかく、事態が収まるように祈るしかないだろ」

「ウチ、まだ死にたくなんてないっス……」


 ぺたんこ座りでへたり込む深山を見下ろす。ボーイッシュな性格によく似合った、色素の薄い隠れツーブロックのショートボブ。素直さを表すようなサラサラとした髪の上に、躊躇いがちに俺は手を乗せて、不器用ながらに宥めてやる。

 深山はその深い緑色の瞳を押し上げ、不安そうに俺のことを上目遣いで見た。


「大丈夫だから」

「……ホントっスか?」

「うん」

「ウチのこと、絶対守ってくれるっスか?」


 ……なにを言わせたいのか見えてきたな。

 俺は手に力を込め、調子に乗ったことを言おうとした深山を先に牽制する。グググ、と頭部を握り込むと、「あだだだだ!」と深山は悲鳴をあげた。


「うぅ、酷いっス〜!」

「お前の恋愛ノリはあからさますぎて冷める」

「オンナノコの頭を撫でておいてその発言っスか!?」

「だってお前は妹みたいなもんだし」

「クズ! クズクズ! それ最低発言っスからね!」


 癇癪を起こしたように騒ぐ深山に肩を竦める。

 さて、と……機嫌も元通りになったところで、しかし現実から目を逸らすことは出来ない。

 このまま立て篭もることは難しい。俺の部屋は二階にあるが、窓からちらりと下を覗いた感じ、すでに頭のイカれた連中がわらわらと集結してきていた。


「深山、作戦がある」

「……なんスか?」

「車で逃げよう。俺はやつらに狙われないからまず駐車場まで一人で向かって、ベランダのほうに車を横付けするから。お前は折を見てベランダから飛び降りて、助手席に乗り込む。それでここから逃走する。どうだ?」

「……そこまでしてもらって、いいんスか?」


 怯えた様子の深山を安心させたくて、俺は快く返答する。


「言ったろ、お前が嫌に感じても俺からしたらお前は妹みたいなやつで、それだけ大事な存在ってことなんだ。……まあ、さっきははぐらかしたが、頼れる相手も俺しかいないんだろ? それなら、俺がお前のこと守ってやるから」

「……! しぇんぱい……!!」


 いや、それで今まで以上に懐かれても困る。飛び付きハグ態勢になった深山に対して俺は臨戦態勢を取る。叩き落としてやる。

 感激したような様子で深山は言ってくる。


「全世界を敵に回してもアイラブユー、ってことっスよね……!」

「まあ確かにお前は今どこぞのJ-POPソングの体現者ではあるよ」


 ただしその表現がムカついたので、俺は臨戦態勢のまま深山の頭に強烈な手刀を落とした。

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