第8話 ドラゴンとの出会い

 目の前にはどこまでも続く白い雪原があった。こんな幻想的な光景って、初めて見るな。私、死んじゃったのかな?


 シーンと静まり返った雪原。空には、雲も無くて、まるで雲の上に来たみたい。あぁ……、そうか……。やっぱり、私死んじゃったみたいだね……。きっと、ここは天国なんだよ。何だか太陽が近い気がするし。まさに天の国だね。


 はぁ……。私、まだ若かったのに、もう死んじゃったのか……。残念な気持ちもあるけれども……。もしそうだとしたら、もう恋愛沙汰で悩む必要なんてないし、気が楽かもね。とりあえず寝転んでゆっくりしよう。



 ……あれ?


 天国って、リクライニングチェアなんていうものが、あるのかな? 快適な背もたれがあるし、とってもやわらかーい。至れり着くせりだね。私、こういう柔らかいものに包まれて寝たいな。

 そうそう、私って、仰向けじゃ寝れない人なんですよ。いつも抱き枕を抱いて寝ててね。うつぶせになって寝てるんです。向きを変えて、よいしょ、よいしょ。


 椅子だと思ってたけど、なんだか柔らかいクッションみたいだね、抱き枕として使えそう。えいやーと形を整えさせてもらって。これで、安らかに眠れるよ。


 はわわぁぁーー……。

 やわらかーーーい……。

 これは、天国だぁ。この柔らかいものに、よだれも垂らし放題だね。ぐふふふ……。



「……ちょっと、おばちゃん。何やってるの? 人目が無いからって、いきなり抱き着いてきて」


「いやー、とっても柔らかい。これは天国だわー。ふにふにふにふに。だらだらと、よだれも垂らせて、いい感じ。じゅるる……」



「ちょっと、人の話聞いてるの?」


「うん?」



「さっきまで、暗いところで、いやらしいことしてたと思ったら、ここでもそんなことするわけ?」


「えっ?……あ、あれ? 私何をしてるんだ?」



 急に視界が開けたと思ったら、目の前には、リナがいた。私の胸の中で、なんだか恥ずかしそうな顔をして、頬を赤らめている。……可愛い。

 リナにキスされたりすると、魅了チャームがかかって、記憶が一瞬飛んじゃうみたいだから、気を付けないとだね。



「おばちゃん。周りをよく見てよ。ここ、ギルドじゃない場所だし。なんか、ギルドのマスターにやられたみたいだよ」


 リナの言う通り、あらためて周りを見ると、所々に切り立った峰が見える。マスターが言っていた通り、北の山へと転送されたのだろう。太陽が近く見えるのは、気のせいではなくて標高が高いせいらしい。けど、もしも本当に北の山だとしたら……。

 リナは、呑気に話を続けてくる。



「まぁ、私に抱き着いてきて、『天国みたい』っていう気持ちはわからないでもないですよ。けど、おばちゃんにそんなことを言われる私は、地獄みたいな気持ちですけど」


「リナ、ちょっと聞いて。私たちは本当に、すぐに天国に行くことになっちゃうかもしれないわ……」



「ほぇ? ちょっと私のこと考えすぎて、頭でもおかしくなっちゃいましたか?……って、もともとおかしいから、男性経験も無いわけか」


「一回黙って! 静かにしないと、本当に死んじゃうんだから。ドラゴンに見つかったら、私たちは終わりだよ!」


「またまたー。そんなこと言ってー。私を黙らせてる隙に、変なことしようとするんじゃないですか?」



 ――ドスン。


「「あっ……」」


 切り立つ峰の上に、空から降りて来た生物が着地した。そこまで大きくはないけれども、フォルムが明らかにドラゴンだと物語っていた。



「……私たち、終わったわ。あれがきっと、SS級クエストの討伐対象のドラゴンね」


「へぇー、ドラゴンっていうやつですか? なかなか興味をそそられるフォルムをしていますね。カッコいいです」



 リナの言う通り、ドラゴンは凛々しい顔をしている。正直、抱かれてもいいと思っちゃうくらい。最後に、こんな綺麗な場所で、イケメンドラゴンに食べられるっていうなら、もはやそれはそれで、本望かもしれないか……。


「確かに、カッコいいね。私、人生の最後にこんなイケメンのドラゴンに食べられるなら、もう言うことないわ。不幸中の幸いかな。リナ、ありがとうね……」


 ドラゴンは、こちらを向いた。どこまでも続く白い雪原に人間が二人いたら、どうやっても目立つわけで、見つかるのは時間の問題だったかもな。もう、潔く諦めよう。



「……ヌシら、我をカッコいいと申すか?」


「……えっ?」



 急に聞こえてきた音声。一瞬、何かわからなかったけれども、言っている内容と口の動きからして、このドラゴンがしゃべっているっていうことなのかな……? そんなことってあるの……?


「ははは。驚いた顔をするでない。ワシは、人間を取って食ったりはせんわ。ここに人間が訪れるなんて、いつぶりだろうか。ゆっくりしていけ」



「え、えっと……。は、はい……。ドラゴンさんの仰せのままに……」


「緊張するでない! もっとフランクに話したりせい。まったく、最近の若い者は、人との距離の取り方もわかっておらんのか?」


 いきなり話し始めたドラゴン。びっくりして、恐縮するのなんて当たり前だし。緊張するなとか言われたって、ビビらない方がおかしいでしょ。絶対殺されるって思ったもん……。けど、もしかすると、私たちを少し泳がしてから食べようとしているかもしれないよね……。やっぱり、どうにかしてここから逃げ出さないと……。

 私が一歩下がると、リナは逆に一歩前に出た。


「あぁー、なんだ、話通じるじゃん? 人間の子供くらいの知能はあるんだね」


 ……リナってば。

 ……なんでこうも、相手をおちょくるのかな。


 九死に一生を得たと思ったら、最後の希望のかけらを粉々に踏みつぶされたみたい……。


「けどさ、おじさんの方こそ、コミュ損なの? 人にお願いするんだったら、まず頭を下げなよ? 常識でしょ? そんなこともわからないの? やっぱり、ばかなの? ばぁか」


 ……えーっと。

 ……今の私が本気で思っていることは一つです。

 ……口は災いの元という言葉は、後世まで言い伝えられて欲しいです……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る