第7話 クエストへ空間転移

 怒りで顔をしかめているマスター。その背後の空間が歪んでいたのは、見間違いではなかったようだった。リナに罵られて魔力量が上がっているのか、マスターはとんでもない魔法を使おうとしているようだ。時空を歪める魔法の筆頭。空間転移魔法。


「このクエストの現地って、寒いっぽいんだけどさ、防寒着は現地調達でいいよね?」


 マスターの質問は、リナじゃなくて私に向いているようだった。私の目を見てから、私の薄い衣服を見て、うんうんと頷いている。


「い、いや……。現地に送るのは、この子だけで良くないですかね……」



 私の提案に対して、マスターは血管を浮かべながら二コニコと微笑んで返してくれる。


「ルナ? 危険因子は、芽が出る前に排除するの。昔から私が教えてあげていた通りなのよ」


「そ、それは、そうですけれども……」


 マスターは、私とリナを北の山へと送る気だ。クエストの手配書にある通り、ドラゴンの巣がある場所へと送り込もうとしているんだと思う。これは、もはや助からないや……。私の人生、ここで終わりなのかな……。

 リナは、状況をわかっていないのか、まだマスターをおちょくっている。


「そんな歳になるまで経験が無いなんて、私だったら恥ずかしくて生きていられないですよ。マスターって精神だけは、ゴキブリ並みに強いんですね。ははっ」


 無邪気に笑う、リナ。何でそんな笑っていられるんだろうかと不思議に思う反面、もはや私も笑うしかない。


「はははー……。さっきまで死んでも良いかもって思ってたけれども、せめて死ぬ前に経験くらいしたかったな……」


「ははっ。おばちゃんだったら、理想を下げれば大丈夫かもよ。人間はダメだとしても、雑食なオークとかくらいだと、多分大丈夫だよ。はははは」


 この子は、死ぬ時までこの姿勢がブレないんだろうな。



「そうだ、そうだ! 私がゴーレム作ったら、一体だけ、おばちゃんにあげるよ。なんかね、この世界のゴーレムって、イケメンに作れるらしくてね」


「へえー、そうなんだ。私見たことないけれども、ゴーレムってイケメンなんだね。じゃあ、私はゴーレムのお嫁さんにでもなろうかな。生きて帰ってこれたら……」



「そうだっ! そしたら、マスターにもあげますよ。きっと、お似合いですよ! マスターも、人間には相手にされないでしょうし!」


「……あら、ありがとうね!」


 マスターの血管はさらに浮き上がり、笑顔が引きつっていた。

 マスターが手を前に突き出すと、空間が歪んで見えてくる。最後の別れもしないまま、私たちをクエストへと送る気だ。段々とギルド内の景色も見えなくなって、真っ暗な部屋にいるみたいになっていく。一緒に転送されるリナだけは、歪まずにしっかりと姿が見える。やっぱりこの子と、一緒に飛ばされるんだね。転移中ってこうなるんだー……。



 ◇



 あぁーーーー……?

 なんだろう、なんだか気持ち良くなってきた……。なんだか、お風呂に入ってるみたいな。空間にとろけていく感じ。空間転移って気持ちいいかもな一……。

 これって、男の人を経験するのと、どっちが気持ちいいのかな一?


「それは、もちろん、男の人とする方が気持ちいいに決まってるよ」


「……あれ? なんでリナが答えてくるのよ?」



「空間転移中は、考えが混じり合うっぽいね。おばちゃんの考えが全部流れ込んでくるよ。気持ち悪い」


「そうなのかー……。じゃあ、隠す必要ないね。そのまま本音で話すしか無いわけだ。こんなことになったのって、リナのせいだからな。私の平穏な生活を壊してさー」



「まぁまぁ、いいじゃん。私と二人きりっていうのも、意外と嬉しいでしょ?」


 リナはそう言うと、私の手を握ってくる。さっきキスされたこともあるし、色々といかがわしいことを考えないようにしていたけれども。考えは伝わってしまうんだよね、これが全部駄々洩れてしまうわけで。リナって、可愛いよなー……。



「ふふふ。こんな時に、そんなこと考えてるんですか? やっぱり、おばちゃん変態ですね」


「うんうん。私は変態だよ。こんな状態でなんだかドキドキしているからね。誰も見てないわけだし、このまま抱き寄せて、さっき出来なかったことを、ちょっと……」



「えっと、ちょっと、引くくらい変態ですね……。何考えてるんですか。こじらせた人の妄想ってなんだか、アブノーマルですよ。こわっ……。本当に……、なに気持ち良さそうにしてるんですか? そんなに私を求めているっていうなら、ちょっとだけ私が弄ってあげましょうか?」


「……うん。リナちゃんも、見せてくれたから、私のもさ見て欲しいな」



「……ま、まぁ、良いですけども。おばちゃん、ちゃんとお風呂とか入ってますよね? 汚いところは触るの嫌ですよ?」


「……えへへ。細かいことは気にしないでいいじゃん。まずはさ、もう一回くらい、キスしてよ。さっきのじゃ足りなかったな」




 ◇



「……う、私どうしたんだっけ?」


 目を開けると、周りには雪が積もった景色が広がっていた。

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