第5話 メスガキとのキス

 私は、リナと手を繋がされていた。

 なぜなのか、私はリナと付き合うということとなってしまったようだった。

 関係性を否定したかったけれども、ギルドの人たちにも大々的に紹介されてしまって。既成事実を作られてしまったわけだ……。


 リナは、小さくて柔らかい手で握ってくる。

 なんだか、その手を触っているだけで気持ち良くて、私からは手を離せない。手がこんな気持ちいいのだったら、他のところはどうなんだろうって想像力が働いてしまうな……。


 可愛く、はにかむリナ。



「よろしくお願いしますね。おばちゃん」


 ……結局、おばちゃん呼びは変わらないのか。

 リナは何がしたいんだ? 私を散々煽っていたのに、私と付き合うっていうことなの?

 おばちゃんっていうのは、実は罵っているわけじゃなくて、慕っていると捉えれば良かったのかな。それであれば、リナは可愛い気がしてくるけども……。この子が、私の物になるっていうこと……?


 何もわからないよ……。



「私、おばちゃん好きだよ」


「え、あ、は、はい……。あ、ありがとう……?」


 怒りの気持ちが一気に浄化されていく気がする。やっぱり可愛いや、この子……。

 けれども、私の中にも、かろうじて冷静な気持ちが残っているわけで。ギリギリのところで食いとどまっている。この子の魂胆は何なのだろうか。考えないと……。

 流されてしまってはダメよ、私。この子に気持ちを許してしまってはダメ。うん、絶対ダメ。


 マスターも、私たちに祝福を送ってくれる。



「ルナ、良かったわね。ルナは、こういう年下の子が好きだったのね。私知らなかったよ」


「ち、違うんです! 私はどちらかと言うと、マスターの方が好きですし!」


「何が違うの? 仲良く手を繋いだままで?」



 ……そうだった。私ったら。手を繋ぎっぱなしだった。気持ち良くて。

 ……くーーーっ。悔しいけど、このリナってこの魅力は認めざるを得ないみたい。けど、ダメよ。この小娘は信頼できない!



「おばちゃん、マスターが好きだなんて言って。いきなり浮気するんですか? ちゃんと私との仲を認めてよね!」


 リナはそう言うと、私に抱きついて引き寄せ、頬に顔を近づけてくる。

 背伸びをして、唇を頬に向けて。


 ――チュッ。



 初めて人にされるキス。

 最初に感じるのは、温かさ。人の肌って、こんなに温かかったのかという驚きが最初に来る。

 その後に来るのは、弾力。想像したよりも、数倍柔らかな感触が私の頬の上で、ぷるんと跳ねて戻っていった。



「お、おぉーー……」

「こんな時間から、羨ましいね!」

「さすが、世代は、違うね!」

「ヒューヒュー!」



 ギルドにいる中年おじ様たちは、私たちを肴にして盛り上がっている。

「もっとやれ」と言わんばかりの好奇な目を向けてくる。硬派で通っているブソーさんでさえ、深く被った兜の奥から、こちらをじっくり見ていた。


 ……くっ!!

 さっきからリナが何を企んでいるか、分からない。けれども、思い通りになってはいけない気がする。以前、こんな感覚になったことがある気がするもの。その時は、悪いことが起こった記憶だけが残っている。なんだったか思い出せないけど……。


 リナは、私の正面に来て、目を見ながら言ってくる。



「おばちゃん、なんで抵抗しているの? キス、もう一回しようよ?」


「……い、いやよ。リナ、なにが目的なの」



「んー? 私の物になってくれたら教えてあげるよ!」


 そう言って、正面から近づけてくる唇。

 さっきの感触が、今度は私の唇に来ると思うと、拒否できない自分がいる。ゆっくりとリナの顔が近づいてくる。目を半開きにして、こちらを伺うようにして。

 リナの息が、私の唇へと当たる。


 そのまま、リナは私に唇をつけて来た。

 柔らかい手から、唇の柔らかさを想像していたけれども。そんな想像を吹き飛ばすくらいの柔らかさだった。私の唇を包み込むようにして、柔らかく吸いついてくる。

 潤った唇は、私の唇と戯れる。

 お互いの唾液が合わさり摩擦は無くなっていき、柔らかい感触だけが私を刺激する。私の唇を、外と中から溶かしていくように、同時に攻めてくる。上唇と下唇と舌と、どう動かしているのだろう。私は口元の力が抜けて、口の中身が全て垂れ出てしまう感覚に襲われた。

 このまま抱き寄せて、全身で柔らかさを堪能したいと思わせてくる。


 咄嗟に、リナを離す。



「何するのよ!」


「おばちゃんに、キスを教えてあげてるんだよ?」


 ギルド内は、私たちの行為を固唾をのんで見守っていた。生唾を飲む音が聞こえてきそうな静寂が辺りを包んでいた。

 ……これは、ダメだ。リナのペースにハマってしまってる。正気を取り戻さないと。

 両手で、自分の顔を挟むように叩く。



 ――パンッ!



 そうしても、目の前のリナを見ると理性をなくしてしまいそう。


 ……こんなのじゃ、ダメだ。誰かに叩いてもらわないと目が覚めそうにない。強い一発。これでもかっていうくらいキツイ一発をもらわないと。目が覚めるように。私が尊敬するような人とかからビンタされるような……。


 マスターだ。

 マスターにビンタしてもらったら、正気を取り戻せる。



 私は向きを変えて、マスターの肩に手を乗せる。


「私は、マスターが好きです! 失礼します!」

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