第2話 メスガキへの怒り

 見た目は可愛い女の子。

 歳は十歳くらいかな。ピンクがかった髪の毛を緩くツインに結んでいる。服装は、なんでか肩を見せるような、ダルダルの服を着ている。

 中に着ている下着が見えている気がするんだけれども、どこかで乱暴でもされたのかしら? 服が伸びちゃっているみたい。


 初めて文字を見るかのように、私の書いた字を興味津々といった様子で、覗き込むようにして見ている。

 下着も少しよれているし。前にかがむと、小さな膨らみにある突起が見えそう。幼少期特有の、まだ発達しきっていない小さな膨らみ。


 それと合わせて、綺麗な素肌をしている。首元からするりと滑るような肌が胸元まで見えて。見るからにすべすべしているのが分かる。触ってもいないのに手に感触が伝わるみたい。手の中が柔らかい。


 見ているだけで、何かをそそられる……。

 何で私がそんなこと思っちゃうのかわからないけれども。こんな子、私だけの子にしたいかも……。



「ねぇ、おばちゃん、まだ?」

「お、おば……」



 ……前言撤回。


 ピキピキって音が聞こえるのは私だけかな?……ああ、指って力強く握ると、こんな音が鳴るんだね。今年一番の大発見だわ。手の中にあった柔らかな感触が一気に握りつぶされた。



「なに、私のことじろじろ見てんの? そっち系の趣味があるの?」


「……い、いや。そんなことは一切ないわよ。お、お嬢ちゃんのハンターとしての適性を考えていたのよ」

 慌てて目線をそらすと、周りにいた中級ハンターからは冷たい視線が送られていることに気付いた。

 何かとりつくろわないと……。営業スマイルを崩しちゃダメだね。しっかり笑って、と。


 ……ふぅ。これで、大丈夫。



「ふーん。胸元ばっかり見てくるなんて、エッチじゃん。おばちゃんって、痴女だね」


「な……、ち、ちじょ……」


 そんなやり取りが繰り返される。

 リナの頭越しにも、中級ハンターさんがこちらを見ているのが、何故かいつもとは違った眼差しを感じる。

 『痴女』っていう言葉に反応したのか。私は、決して痴女なんかじゃないけれども。

 いつも、清廉潔白なギルドの看板娘で通っているの。このギルドに来る人はみんな私のことを好意的な目で見てくれて。それで優しく接してくれて。

 そこにあるのは暖かなギルド愛なんだけれども。それとは違う、舐め回すような湿り気を帯びた視線が私の周りを包んでいた。

 とりあえず、落ち着かないと……。



「あのね、お嬢ちゃん、いや、リナちゃん。あなたが、戦いにふさわしい防具を持っているかとか、どういうクエストならできそうかっていうのを考えるのが私のお仕事なんだよ?」


「へぇ、じゃあ、ここに来る人、全員をいやらし目で見てるんだ。やっぱり痴女じゃん」


 湿り気を帯びた視線が一層強くなった気がしたが、私に辿り着く直前に一瞬で蒸発する。空気中の湿度は一気に乾いて、大地に亀裂が入るように私の眉間に亀裂が入る。



 ――ピキピキ。



 ……ふぅーーー。

 ……深呼吸して、落ち着かないと。

 この子のペースに全部持っていかれてるわ。


 私の方が大人よ。私の方が、魅力のある女性。

 知性、品性、女性としての魅力。全てにおいて、この子に勝っているの。

 こんなガキの戯言に付き合っている暇なんて無いから。さっさと、適当なクエスト押し付けて、出ていかせよう。それが最前策ね。


「ちょっと、息吹きかけないでよ。汚いな。常識無いの?」


 ……こいつにだけは言われたくない。


「そういうプレイをしかけてきてるの? 私のこと、そんなに好きなの?」


 ……断じて違うけど、今口を開いたら、今まで気づきあげてきた私のイメージが崩壊してしまうわ。

 ……ここは、我慢、我慢。


「キスとかしたことないんでしょ? なんか口が乾いた匂いがするよ? 口臭気をつけな?」



 ――ピキピキ。


 ……ふうーーー。


「まぁ、おばちゃんってモテなそうだもんね。女としての魅力全然感じないし。私が教えてあげようか? 私の方が若いし、モテるよ?」


 ――ガッッッッタン!!!!



 気がつくと、私のこぶしがギルドのカウンターをバキバキに折っていた。


 普段出せない力を出せるように、腕力を強化したり、脚力を強化したりする魔法がある。通称『パフ』。

 バフをかけられた対象は、一定時間何倍もの力を発揮することができる。この子の言葉は、私にバフをかけていたのと同じ効果があるみたいね。今なら、この小娘を瞬殺できるわ。

 身寄りのない子だろうし。いなくなったとしても、問題無い。今起きたこと、すべては夢だったと思えばいいのよ。

 跡形もなく、この世から消しされば良いだけ。簡単ね。私って頭良いみたい。


「ちょっとー、ルナー。何の音一? 厄介なハンターでも来たの?」

「あ、えっとー……」



 綺麗な声と共に、奥の部屋からマスターが出てきた。


 うちのマスターは、女性。

 容姿端麗で、何でもできちゃう人。いつもは奥の部屋でのんびりと過ごしているけど、厄介なことが起こると前に出てくるの。

 身寄りの無かった私を拾ってくれて、このギルドで働かせてくれた女性。実質私のお母さんのような人。

 歳は、あまり変わらないけれども。私の一番尊敬する人。一番大好きな人。



「あら一、可愛いハンターさんですね。カウンター壊しちゃったんですか?」


 マスターがリナに話しかけると、リナはニコニコして返事をする。


「この人が壊してたんです。私のことをいやらしい目で見てくるし。助けて欲しいです!」


 権力を持っている人間を瞬時に判別できるのだろうか。リナは、私とは違った甘えるような態度をマスターに向ける。さも私が悪者みたいな言いぶりで、訴えていた。


 今日、私の顔に、二本目の小じわが刻まれた。

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