Ep8 対話

 「はぁぁぁぁ。今日でこの部屋ともお別れかぁ」

 ベッドから起きた僕は、そんなことをつぶやいていた。

 そうだ。朝のうちには宿を出るんだから、さっさと荷物をまとめないと。

 勇者の剣に、鎧、それから薬草。それから乾燥させた獣の肉がいっぱい。それで終わり。勇者って意外と荷物少ないんだな。

 そうだ。鎧と剣は装備しておかなきゃ。

 中身がほとんど入っていないポーチも腰につけて、部屋を掃除して、僕は宿の大広間に行った。 

 他の仲間はすでに揃っていた。僕たちは宿の主のおっちゃんに挨拶して、宿をあとにした。

 出発してすぐ、僕はシュガーに話しかけた。

「少し話があるんだけど。いいかな。」

シュガーは、驚いたような表情をしていた。と思う。この人の顔を眼の前でしっかり見たのは、そういえばこれが初めてだ。なかなかの美人だなぁ‥‥おっと。本来の目的を見失うところだった。

 本来の意図とは、もちろん僕の仮説の検証と、情報収集だ。僕は単刀直入に聞いた。

「シュガー。僕は魔王戦の前に君にプロポーズをした。そして君はそれを受諾した」


「そうだね。これからあなたとの結婚生活が始まるんだね!楽しみ、だな‥‥」

シュガーの態度にぎこちなさを感じるのは、きっと気の所為ではないのだろう。


「じゃあなんで僕を避けるのかな。」


「‼」

シュガーの表情が凍りついた。

「なんのことかな?私はソルトくんのことを避けたりなんか‥‥」


違う。


「君は、僕のことを『ソルト』と呼び捨てで呼んでいたはずだよね。」


「気の所為じゃないかな?」


「それに、君の性格では、結婚生活が楽しみ、なんて絶対に僕には言わないはず。」


「それは‥‥」

やはり言動もどこか他人行儀だ。


「どうしてかな。僕の気の所為かな。それとも、ただ単に君が緊張してるだけ?」

彼女の美しい顔に、引き攣った笑みが浮かんでいた。


「きっと、気の所為だy」






「それとも、僕がソルトではない異世界からの転生者だと知ってるから?」






 その沈黙は、秒数にしてわずか数秒だったと思う。でも、僕にはそれが、永久に続くように思えた。


「わかってたのね。」

ようやく口を開いた彼女は、開き直ったかのようにいった。

「あぁ。」

「お前にはいくつかの質問に答えてもらう。」


「わかったわ。私にはそれを止める権利はない。」


「どうすれば僕は元いた世界に帰れる?」


 また、永い沈黙が訪れた。彼女は、僕の十数年の人生のなかで見たこともない悲しげな表情を浮かべていた。それはまさに、不運な事故で婚約者を失った花嫁のようで。


「教会には、“異世界の窓”と呼ばれる部屋がある。私は、その窓からあなたを見つけたわ。あなたは、私が愛していたあの人に、そっくりの見た目をしていたの。」

彼女は更に続けた。

「見た目だけでなく性格もあの人にそっくりで‥‥」 

「優しくて、格好良くて、勇気があって。」

彼女は、慈しむような、懐かしむような、そんな表情で語った。

「あなたを初めて見つけたときは、これは神の導きだと思った。」

「あなたは、別世界にいるあの人勇者ソルトの分身なのかと思ったの。」


「それで、私の転移魔法を使って、あなたの魂を、ソルトの体に転移させた。」


「でも、あなたはあの人の代わりにはならなかった」

「‥‥あなたには迷惑をかけたね。こんな世界にいきなり呼び出して、こんなに重い役目を押し付けて。」


「もとの世界に戻る方法は、いくつかあるわ。1つ目が、肉体から魂を奪い取る、つまりは殺すこと。2つ目は‥‥」


彼女は一度、深呼吸をした。


「その肉体のもとの持ち主の魂を、ここに引き寄せる蘇生させること。」











「身勝手なお願いなのはわかってる。でも、あの人を、勇者ソルトを‥‥」



「生き返らせて欲しい‥‥」



 それ以上は到底言葉になっていなかった。



「承知した。」

 僕は彼女の言葉になっていない言葉に耳を傾けて、彼女が泣き止むまで、ずっと隣で歩いた。

 空は、憎いほどに澄んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王討伐済みの世界に転生した僕。 音羽 @TnkSgeio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ