Ep6 夢

 暗い森の中、勇者ソルトが古い小屋の前に立ち尽くしているのがみえる。

お か し い

勇者ソルトは僕だ。僕が僕の姿を見ることなんてできるわけがない。それに今僕は、宿の寝室にいるはず。そんなことを考えていたら、小屋のソルトが話している声が聞こえてきた。

 「次に一度でもこの紋章の力を使ったら、僕は‥‥」

 それは話し声というより、独り言にようだった。小屋にいるソルトは、なぜだかとても悲壮な表情をしていた。

 それに何だ?紋章を使うとかなんとか。発言の意図が全くわからない。

 「魔王を倒すためには、この力が必要であることは間違いない。僕の命を捨ててでも、あいつは倒さなければならないんだ。」

 なんのことだ?命を捨てる?こうして僕は生きているじゃないか。

 「そのためだったら、僕のこの呪われた〈死の紋章〉の開放だって躊躇わない」

                   ‼

 その瞬間、僕は眩しくなるほどの強い光に包まれたような、稲妻に打たれたかのような、強い衝撃を覚えた。なんかこう、デジャヴかっていうくらいの、なんていうか、身に覚えがある感じ。

 戦闘に関する記憶の中の、紋章に関する漫画での解説を思い出せたのだ。

 

 違う

 

 僕が持っていたはずの紋章は、「死の紋章」なんていう不吉なものじゃない。僕が持っていた紋章の名前は、「覇王の紋章」。あらゆる魔術、体術、剣術を使いこなすだけの力を与える紋章だ。

 なぜだ?なぜここの勇者ソルトの言っていることと、勇者ソルトについて描かれた漫画との間で、食い違いが生じる?

 

 勇者ソルトは、更に独り言を重ねた。しかしそこには、先程までの悲壮な、弱りきった勇者の姿は見えなかった。見えたのはただ‥‥

 「必ず魔王を‥‥‥」




 「殺す」




 狂気と殺意に爛々と瞳を輝かせる、復讐者の姿だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る