第5話

 005



 パレードの開催が成功すれば、私の功績が未来永劫語られるとネイロは言った。



 しかし、それは裏を返せば歴史に革新派の私の名を刻むことを拒む保守派の貴族の妨害を意味している。同じ国の中に生きているにも関わらず、こんなにも考え方に違いが生じるモノかと辟易するが、金や地位や名誉にはそれだけ人を狂わせるま欲があることも重々承知しているし、どちらが亜流かと問われれば私ということも分かっている。



 受けてたとう。



 開催日が近づくに連れて、街中には保守派の貴族が抱えるスパイが増えていった。以前までの私なら容易く懐へ潜り込まれただろうが。しかし、今の私は浮足立つほど愚かでもなし、更に、私の新しい仲間は生半可な戦略を軽く凌駕するとんでもない実力の持ち主であったのだ。



「プレリア卿。ひとまず、漁業組合と国境警備隊には僕の"目"を放っておきました。先日、要所にポータルを設置したので、異常を察知すれば転移魔術で現場へ急行することが出来ます。本来、あなたが戦えることがこの国の最大の防衛術になるでしょうからな」

「ありがとうございます、カリム様。しかし、これほど高位の魔術を扱えるとは存じておりませんでした。もしや、ご自身のデータに手を加えられたのですか?」

「魔術師ほど、手の内を知られて弱体する存在もありませんゆえ。味方の目すら欺く所業には、なんとか目を瞑って頂きたい」



 ――だから、僕が呼ばれた。



 どうやら、あの言葉に嘘偽りはなかったらしい。もしかすると、私はネイロに夢中になるあまり、他の男がネイロよりも優れているハズがないと思い込んでいたのではないだろうか。



 だからこそ、このタイミングでネイロは私から離れると宣言したのかもしれない。恋は盲目とはよく言ったモノだ。こんなにも貴重な力を、私は少しだって知ろうと思わなかったのだから。



「ところで、プレリア卿。先ほど、執事のネイロ氏からこんなモノを預かりました」

「これは、ホテルのディナー招待券?」

「これから先の未来で、恐らく増えるであろう視察に来る他領主を歓迎するに辺り、どのホテルのサービスが最も優れているかを貴族目線で調査して頂きたいと申したのです。最後の仕事として、効率的にこの街へ金を落とさせる方法を模索しているらしいですぞ」

「……そうですか」

「いやはや、流石はプレリア卿の腹心。先の先まで展開を読んでいる。あれに目をつけたあなたの慧眼もさることながら、失うには惜しい男ですな」



 既に、ネイロの退任を首脳陣は知っている。しかし、彼は常に影を演じていたため有能さを知る者は極僅かであり、よくある執事の変更の一つとしか認識されていないのだ。



 つまり、カリム様はこの短期間でネイロを見極める程の眼力を持っているということだ。流石は魔術師。人を欺く力に長けているからこそ、人の嘘を見抜く力もずば抜けている。



「今夜の件、承りました。着替えもありますし、ホテルに現地集合ということでよろしいでしょうか」

「お迎えにあがりますよ、プレリア卿」



 この日から、私はカリム様とディナー巡りをすることとなった。海岸に立ち並ぶホテルで食事を共にするたび、魔術師という人間がどのような考えのもとに生きているのかを知ることとなったのだ。



「僕が保守的な人間に見える理由は、やはり魔術師だからなのですよ。プレリア卿。魔術とは、つまるところ脈々と受け継がれてきた歴史の結晶なのです。ですから、並大抵の人間に扱うことは出来ませんし、血統と才能に恵まれた者でも非常に長い修行が必要となります。そんな人生に裏付けられた実力を持っていればこそ、魔術師はやはり伝統的な生き方を望んでしまうというワケなのです」



 なるほど。道理で、自信に満ち溢れているワケだ。



「しかし、だからといって政治にまでその生き方を持ち込むべきではないと僕は思います。父との考え方の違いはそこです。僕の父は、これまで通り才能を優遇する社会を守ろうとしています。そのやり方の先には、破滅しかないことに気づいていないのか。或いは、どうせ自分の生きている間に破滅することがないと高を括っているのか、そのどちらかは分かりませんがね」

「ならば、なぜカリム様は公爵殿下と道を違えたのですか?」

「アクィラ公爵を目の当たりにしたからですよ、プレリア卿。あのお方こそ、次の帝王に相応しい人間です。一体、どんな手段を用いたのかは分かりませんが、一滴の血も流さずに造幣局長へ上り詰めた豪腕には流石と言わざるを得ません。父は認めませんが、彼は紛うこと無く父の二歩先を征く人間ですよ」



 そんなにも恐れ多いことを口にしてしまえる胆力には、確かに男としての魅力が光っているように思えた。ただの親の七光りではない、芯のある姿勢は少なくとも仕事において信用しても良いだろう。



「それでも、天才的な魔術師であるカリム様が才能を優遇しない社会を求める理由が分かりません。あなたは、富を満喫するに値する実力の持ち主ではありませんか」

「何を仰る。それは、あなたにも分かっていることでしょう? プレリア卿」



 言って、彼はふっくらと蒸し上げられた豪快な魚料理を美味しそうに頬張る。



「クー・クリウス帝国の騎士の中であなたを凌ぐ実力の持ち主は、聖剣アルトリア、竜人剣豪エクス、隻腕の老兵シロウ、そして騎士団長ディアシェイクの四名だけです。そんなあなたが、自らの才能で王都に胡座をかかず最前線で悪戦苦闘しながらも領民の平穏を守っている。その理由を問われて、あなたはどう答えるつもりですかな」



 ネイロが褒めてくれるから。



 そんなこと、口が裂けても言えるワケがない。だから――。



「すべての者に、チャンスを与えたいからです」



 私は、ネイロの意思を言葉にした。



「僕の考えも、まさにそれなのです。プレリア卿。ですから、僕は必ずあなたを妻に迎えると決めました。同じ考えを持つあなたに深く深く惚れたのです」

「そ、そうですか」

「今に、この世界は剣と魔術の社会から近代的で文化的な姿へと変貌していくハズです。その象徴が、ランバークラフトとポートウォールに聳え立つデータセンターなのです。そして、我々才能ある者たちの使命とは、そのデータに人が支配されディストピアとならないように均衡を保つことなのですよ」

「長い修行から戻られたばかりですのに、随分と先を見据えていらっしゃるようですね」



 すると、カリム様は恥ずかしそうに笑った。先程までの自信に溢れた表情とは違い、子供のように幼い笑顔だった。



「……今の未来予想図は、実をいうとネイロ氏が描いたモノなのです。決して、僕が導いた応えではありません」

「も、申し訳ありません。私の執事がとんだ粗相を」

「とんでもない。しかし、いや、参りました。せっかくあなたへのアプローチに名前を出すなと忠告をもらったのに。嘘をつくのは得意なハズが、どうにも僕は人の功績を自分のモノに仕立て上げるのが下手クソらしい」



 そんなふうに素直に打ち明けられては、あなたという人間を信用せざるを得ないではないか。



「また僕の姫君が遠のいてしまいましたなぁ。うむ、次は如何様にして興味を持ってもらおうか。女に慣れない僕には実に困りごとですよ」

「魔術師なら、その道化を演じることすら策の内だと私が思ったらどうするのですか?」

「僕がフラレるだけです。もちろん、諦める気は少しだってありませんがね」



 ……まったく、この男は。



「今の私には、失恋から立ち直る時間が必要なんです。カリム様。今日や明日に結婚というのは、あなたに対しても不誠実で望むところではありません」

「失恋? もしや、あなたはネイロ氏を――」

「勘違いはやめてください、カリム様。貴族が平民に恋をするなど、この世界では決して許されないことなのですから」



 やはり、私は泣いてしまった。周囲の客が私を見ても、涙は止め処なく溢れてくる。しかし、この涙のお陰でようやく、私は自分が失恋したことを認められたのだった。



「そういうことでしたか」

「はい、申し訳ございません」

「何を仰る! いや、僕は決意しましたよ! 近い未来に、貴族と平民が自由に恋愛出来る国を作るとね!」

「……え?」

「あなたを妻に出来ないことは実に残念ですが、僕以上の男に任せられるのなら話は別です! えぇ! 決めましたとも! 僕は、僕のやり方であなたを幸せにします!」



 カリム様は、私の手を掴んで真剣に呟いた。



「やりましょう、プレリア卿。世界を変えるんです」

「気持ちは嬉しいですが、彼は――」

「例え、ネイロ氏が何者でも関係ありません。僕は、惚れた女性には心から幸せになって欲しいのです」



 こうして、私たちは世界を変えるための活動が幕を開けた。



 ……しかし、これは最大の悲劇の幕開けでもあった。



 私という人間が公の場で涙を見せるということが、この国の闇にとってあまりにも迂闊だったと気が付かされる事件がすぐに引き起こされたのだ。

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