第14話



14.




エリザベスはこう思ったのだった。リチャードが死んでしまった事実は、もう覆せない。それなら――せめて、なぜ彼が父に殺されなくてはならなかったかを知りたい。


パーティーの参列客の中に、事情を知る者がいるはずだった。


アポロの言う通りリチャードが宰相なんて偉い人と繋がりがあったとして、彼一人だけでグレイウィル伯爵家に忍び込めたはずはない。必ず、手を貸した大人がいたはずだ。それは使用人かもしれないし、貴族かもしれない。長い間グレイウィルに滞在している客人かもしれないし、一度やってきたっきりの客人かもしれない。


すべては、彼らの集まるところに行ってみなければわからない。話してくれるかはわからない。それでも――


動かなければ何も始まらないのだ。


使用人に話を聞くことはあとでもできる。まずはこの新年祭の前にしかできないことをしよう、とエリザベスは決意した。


妖精帝國コールスランドの人々は、元々冷静沈着、仲間思いだがよそ者には気難しく、仏頂面、女王陛下の忠実なるしもべ、感情を表に表さない。それがこの新年を迎える日々だけは、ひどく無防備に、情熱的に、友好的になる。


年に一度のはめをはずしたお祭りの日々。それが今だ。


見知らぬ大人たちが、子供にすぎないエリザベスに知っていることを教えてくれるとすれば、今を除いてない。


夜のパーティーは午後九時に始まった。その前の夕食会から招かれていた者、パーティーの時刻に合わせてやってきた者、さまざまである。皆、グレイウィル伯爵家と繋がりがあり、あるいは繋がりたいと思っている貴族たちだった。


エリザベスは膝丈のパニエとワンピースドレスを着せられた。だいだい色のストライプのドレスは腰の後ろに大きなリボンがついていて、いかにも子供っぽい。まるで昼間の公園に散歩に行く子供のようだった。


パーティー会場の前で燕尾服姿の父ジョージとエリザベスは鉢合わせた。彼はエリザベスの姿をとっくり見ると、眉を上げ、


「まあ、いいんじゃないか。子供だし。服装コードはないからね」


などと失礼なことを言う。


エリザベスは薄く微笑むしかなかった。父がこういう人であることを、元から知らなかった自分にも非はあるのだと、そう思った。


父を見るたびに、その背後にリチャードが見え隠れする。同じような金髪碧眼だから、というだけではもちろん、ない。エリザベスの大切な男の子は父に殺されたのだ、という悲しみ。怒り。


けれどもそれを越えて、エリザベスは父ジョージを憎むことはできない。家の名誉を守ろうとするのは貴族として当然のことである。あれは……父のすべき仕事だったのだ。


ぺこりと頭を下げるエリザベスに後ろ手に手を振って、父が行ってしまうと、豪華な青いレースドレスに身を包んだローラがぐわっとエリザベスの二の腕を掴んだ。


「ジョージ様に恥をかかせたらタダじゃおかないよ! あんた一人いつでも殺せるんだからね!」


と、抑えた声で口早に言う。斜めに被った小さな帽子に差した水鳥の羽根から、ぱらぱらと色付きの粉が落ちた。


エリザベスは自分の口が勝手に動いたのを感じる。


「やっぱり貴族でない人は、言葉が悪いわね」


そうしてさっさと扉へ向かった。一人で。


言葉をなくし、わなわな震え、いつものように叫び出すこともできないローラはほっといて。


父ジョージはすでに歓談の輪の中にいた。ゲストとホストがそれぞれ名前を呼ばれながら夫婦ごとに入場する、堅苦しい一連の儀式は夕食会ですでにすませたらしい。この夜会は貴族たちの無礼講なのだった。


エリザベスはするすると大人たちのドレスの裾、振り回される腕、外国語や難しい論文の話の隙間を抜けた。


父の元にたどり着くと、


「まあ、おかわいらしい」


と声がかけられ、腕が伸びてきて頭を撫でられる。せっかくのバレッタと編み込みが、なんて野暮なことは言わず、エリザベスは周囲にやみくもな笑顔を向けた。父の腕に捕まりながら愛想を振りまく九歳の子供に、大人たちは悪いようにはしなかった。


それからエリザベスは父にくっついたり離れたり、熱く甘ったるい空気に酔ってバルコニー(こちらはちゃんとした、大理石に覆われた真新しい四角い踊り場)に出たり、酒を飲まされそうになって逃げたりしながら、パーティー会場を歩き回った。


子供はすぐに家庭教師に連れ戻されるのが世の常、自由にすることを許されているかに見えるエリザベスに不審な目を向ける人もいた。


その間じゅう、エリザベスは背中に義母ローラの憎悪と嫌悪に煮えたぎる視線を感じていた。


ローラは、本当は足の線を出す華奢なドレスが着たかったのだろう。ジョージの最初の妻になりたかったのだろう。ヴィクトリアがもっと年上で、もっと賢く、もっと可愛く、連れ歩けるマスコットであったら満たされたのかもしれない。


(それは私の責任じゃないわ)


と、エリザベスは生まれてはじめてそう思うことができた。身体が軽く、どこまでもいつまでも歩き回れるような気がした。


ふと、会場の灯りが落ちた。エリザベスはちょうどそのとき壁際にいたので、そこでじっとしていることにした。


出し物だ。大広間に備え付けの舞台の重たい繻子の幕が、するすると上がっていく。


あの旅芸人の一座の催しに違いない。そういえば、直に芝居を見るのは初めての経験である。エリザベスはそっと舞台に向かって目をこらした。



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