第14話 勇者になりたい僕と魔王になった君との第一歩


「きゅる………?

 全然強くなってない………?」

「はい………

 面目次第もございません………」


僕とキュルルは広場の入学者達や学園関係者達から離れた位置まで移動し、そこで話の続きを行うこととした。

広場の人達にはとりあえず、この魔物は自分の知り合いで、危険はないので安心してくださいと言っておいた。

いやまあ、誰一人として安心出来てる人はいないと確信できるけど。

ブラックネス・ドラゴンもそのままだし。


誰もが納得のいかない顔をしながら――特にアリスリーチェさんは「一体何がどうなっているのかきっちりご説明なさ―――」と興奮のあまりまた倒れ、お付きの人達に介抱されるという一幕があったが、とにかく今は2人だけで話がしたかった。


そして、誰も話を聞いてないであろう距離を確保し、改めて話を始めた。

まぁ、誰かがこっそり聞き耳立てている可能性は否定できないけど、もうそこは仕方ない……


そして、キュルルに僕の現状を説明した。

あの日から、僕が全くと言っていいほど成長していない事を………


「きゅる………」

「ごめん……本当に、言い訳しようもないよ……」


キュルルは僕の顔を見て、戸惑っているかのような、悲しんでいるかのような、そんな表情をしている。

ひょっとしたら、失望しているのかもしれない……

あの別れの日に、あれだけの啖呵を切っておきながらこの体たらくともなればそれも無理もないだろう……


でも………


「キュルル……僕はそれでも、まだ強くなることを諦めていないんだ」

「きゅ……?」


僕はキュルルの目から顔をそらさず、しっかり見据えながら、言う。


「この勇者学園は、『エクシードスキル』という人の身に宿る特殊な『力』を引き出す為の教育機関なんだ。

 そして、それを成長させ、『スーパー・エクシードスキル』という人類を遥かに超えた領域にまで昇華させたものを身に着けることで、『勇者』の称号を得れる」


僕は、胸に下げた柄だけの木剣を握りしめる。


「キュルル、僕はこの学園で、絶対にその『力』を身に着けて、『勇者』になる。

 そして、君との戦いの決着をつけるに相応しい強さを、必ず身に着ける」

「きゅるっ……!」


こんな言葉、信じてくれる訳がない。

あの時から5年も経って、未だにこんな様の僕なんかを、どうして信じられるだろうか。


だけど、それでも……!!


「だから、どうか、待っていて欲しい。

 いつか、君の前に再び立つ、その時を」

「………………………………………」


あまりにも都合がよすぎる願いだ、と自分でも思う。

嘘つき男!だとか、非難の言葉を浴びせられても仕方がないだろう。

……なんか恋人同士の別れ話みたいだな……とか思っちゃったのは流石に空気が読めなさすぎか。


「分かった……」

「!!」


キュルルからぽつりと言葉が聞こえた。

『分かった』……つまり………


「待つよ。

 フィルが強くなるまで。

 ボク、フィルのこと信じる」

「キュルル………!」


その言葉に僕は思わず涙が出そうになった。

感極まって抱きしめてしまいそうにもなってしまった。


「フィル!」

「うん!!」


キュルル……ありがとう……


僕は、いつか必ず、また君の前に…………!!



「だから、ボクもここに入学する!!!!!」

「うん!!!!」











……………………………うん??????










 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「という訳で!!

 ボク、この学園に入学したいのですがどうすればいいのでしょうか!!!」


「あ、はい、ではこの用紙に名前と年齢を………













 って!!!!!!!

 んなわけあるかァーーーーーー!!!!!!」


受付のお姉さんは用紙とペンを地面に叩きつけた。

見事なノリツッコミだった。


「フィールさん………

 一体全体何がどうなっているのか、納得のいくご説明を所望致しますわ……」


アリスリーチェさんが点滴を打たれ、見るからにグロッキーな状態で当然の質問を投げかける……


いや、僕だって全力で「どうしてこうなった」を叫びたいぐらいなんですけど……


「あの、キュルル?

 なんで、君まで入学を……?」

「きゅる!

 ボク、フィルが強くなっていくところ、見ていきたいの!」


「僕が、強くなっていくところ……?」

「うん!

 ボク、今までこう思ってたの。

 ボクとフィルはお互い別々の道で、お互い別々の場所で強くなって、そして十分に強くなってからじゃないと会っちゃダメなんだって」


キュルルは少し寂しそうな顔をして、空を見上げるように顔を上げた。


「でも、よく考えたらそんな決まりなんて、全然無いよね!

 ボクはフィルのそばで、フィルはボクのそばで、お互いにお互いが強くなっていくのを見ていって、お互いに十分強くなったってのが分かったら、その時に戦う!

 別にそれで、何も問題もないんだって!」

「それは、まあ、その………」


キュルルの言っていることは、まあ、分からなくもない。

ただ、それはお互い同じ場所に問題なく居られる人間同士とかの場合で、魔物であるキュルルが勇者学園に入学なんて……


「っていうか、キュルルは『魔王』なんだよね?

 『魔王』が勇者学園に入学ってどうなの……?」

「きゅる?

 『魔王』が勇者学園に入っちゃダメなの?なんで?」

「なんでって……」


いやだって『勇者』と『魔王』ってのは敵対しているもので……

いやでも、この国の『勇者』ってのは別に魔物を倒す人のことじゃないってこの前僕自身が言ってなかったっけ……?

じゃあ別に魔物が『勇者』になってもいいのか……?

そういやキュルルは僕の『勇者』かも、なんてなんかいい感じの雰囲気で僕言っちゃってたし……

じゃあ『魔王』は?

『魔王』についての定義はよく分かってないし……

なんかキュルルは魔物達を倒して認められたって話だけど……

あれ?魔物を倒して認められるってむしろこっちの方が従来の『勇者』っぽい……?

やばい、なんかもう混乱してきた……


「ねーー!ほらーー!入学させてーーー!!」

「いやいやいやいや!!

 どう考えても無理ですから!!!

 常識的に考えて無理ですからーーーー!!!」


僕の思考が哲学的な領域に突入し、頭から煙を出し始めてる間にキュルルは受付のお姉さんに詰め寄っていた。

お姉さんの悲痛な叫びが辺りにこだまする……


そんな時――――



「この騒ぎは一体どうしたことだ?」



とても耳障りのいい、綺麗な男の人の声が聞こえて来た。

僕らがそこに目を向けると……


「「「うおおおおっ!?」」」


皆一様に驚きの声を出した。


何せ、そこには巨大な真っ赤な蛇に身体をぐるぐる巻きにされている男の人が立っていたのだから……

蛇の胴体の太さは直径40センチはあり、体長はおそらく十数メートルはある。

それが男の人の胴体に巻き付いているものなのだからもう見た目はとんでもないことになっている。

シルエットだけなら頭と足が出る構造の巨大なボール型の着ぐるみを着ていると言わても納得されると思う。

ちなみにその人自身は非常に美しいウェーブのかかったブロンドヘアーを持つ美青年だった。

もう何というか、見た目とのギャップが凄まじいことこのうえない。


「ああっ!!

 コーディスさんっ!!

 貴方一体今まで何をしていたんですかっ!!」

「サニーちゃんと寝ていた」

「何言ってるんですかぁ!!!

『超』緊急警報を聞いてなかったんですかぁ!!!

 貴方はぁっ!!!!!」


「コーディスさん………?」


受付のお姉さんが呼んだその名に、僕は心当たりがあった。

まさか……


「コーディス=レイジーニアス!!??

 勇者一行の1人の!!??」


僕の言葉にその場がざわついた。

そう、勇者一行のメンバーの1人にして、僕が以前話した、この勇者学園設立における立役者……!


「きゅる………」


さっきまで他の入学者や学園関係者達などはまるで意に介さず楽しそうに喋り倒していたキュルルがこの人が現れてから急に静かになった。

まるで、この人を警戒しているかのように……!

あのブラックネス・ドラゴンを従えているキュルルが……!


「あのドラゴンとそこの人型の魔物はしっかり確認していたよ。

 だが殺意も敵意も全く感じなかったからね。

 大事にはならないと確信していたので二度寝しただけだよ」

「大事にならないわけないでしょおお………!!!

 広場中大パニックでしたよおおお………!!!」


お姉さんは頭を抱えながら悶絶している……

入学挨拶の時は勇者様にも振り回されてたし……

なんというか、苦労人だなぁ……この人……


「それで、今は一体何を騒いでいるんだい?」

「ああ、そうでした!

 実はこの魔物が無茶苦茶なことを……!」

「無茶苦茶なこと?」


コーディスさんはキュルルへと目を向けた。


「きゅる…!

 ボク、この学園に入学したいの!」

「ああもう!だから、そんな―――

「いいよ別に」

 ――こと許可できるわけが………」


…………今、お姉さんの台詞の途中でなんか聞こえたような………


「……あのう、コーディスさん?」

「きゅるっ!?

 ホントっ!!??」

「ああ、別に構わないよ。

 私が許可する。

 これで話は終わりかな?」

「きゅるーー!!

 ありがとーーー!!!

 やったよーー!フィルーー!!!」


キュルルが喜びながら僕の元へと移動してくる………

えっ、マジでいいの。


「いやいやいやいやいやいや!!!!!

 コーディスさんんんんんん!!??

 ちょっと待って貰えませんかねえええ!!??」

「ああ、そうだね、一応年齢資格は確認しておかないとね。

 君、年齢は?」

「きゅるっ!ボク5つ!!」

「うん、19歳以下だね。問題なし」


5つ?

あ、やっぱりキュルルって5年前僕と出会った時生まれたばっかりだったんだ。


「それでは君、後は『魔力値』検査をよろしく。

 私はもう一度寝てくる。

 おやすみ」

「いやちょっと待てやテメェゴラァアアアアア!!

 マジでいい加減にしとけよテメェらはよおおおおおおおおおおおお!!!!!」


もうお姉さんのキャラは完全に崩壊していた………




「きゅるーーー!!

 フィルーーー!!

 これからはボクと一緒!一緒ーー!!」




「ちょっとフィールさん!!!

 早くご説明なさってください!!!!!

 これ以上このわたくしを無視するなど許されるとでも思って―――」

―――ガタッ!!

「「「あっ」」」

―――ふらぁ~……パタン

「「「アっ、アリスリーチェ様あああ!!」」」




―――ザワザワ……ひそひそ……


「なんなんだあいつら……」

「ヤバイよ……あいつら絶対ヤバイ……」

「私……もう『勇者』諦めたほうがいいのかな……

 こんな奴らについていける気がしない……」

「お、俺はやめないぞ!こ、こんなことで諦めるもんか!」



















「『勇者』になるのって………

 大変なんだなぁ…………」














こうして、僕はこの勇者学園で『勇者』になる為の第一歩を踏み出した。


スライム魔王と共に―――――

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