第13話 僕と君との約束の日


……………思考がまるで追いつかなかった。


いきなりでっかいドラゴンが現れて。


真っ黒な粘液で出来た女性型の魔物が現れて。


その魔物が実はあのキュルルで。


キュルルは『魔王』になってて…………………


は?え?『魔王』?


「ボクね!!いっぱい身体鍛えてね!!

 いっぱい食べてね!!

 いっぱい色んな子と戦ってね!!

 いっぱい強くなってね!!

 それでそれでね!!

 ボク、ついに魔王になったんだーーー!!!!」


目の前の真っ黒な身体の女の子は僕の混乱などまるでお構いなしにまくし立てるように話しかけ続ける。

僕はなんとか絞り出すように声を発した。


「あ、あの、君さ、ホントに、キュルル……なの?」


「うんっ!そうだよっ!!キュルルだよっ!!!

 フィルがあの日、ボクにくれた名前!!

 キュルル=オニキスだよーーっ!!!」


目の前の女の子はとても嬉しそうに跳ね回っている。

キュルル……この子が……ホントに……!?


「えっと、なんかもう、聞きたいことがあり過ぎて何から聞けばいいか分かんないんだけど……

 えっと、その、まず、なんでキュルル、喋れてるの……?」

「練習したの!!」

「ああ、そう……はい………」


うん、まあ、確かに初めて出会った時からキュルルは僕の言葉を理解出来てたみたいだったし、喋ろうと思えば喋ることも出来た………のかな?

発声器官もこの身体なら作れそうだし……


「じゃあ、次に……君の、その姿は一体……?」

「きゅる?

 ああ!この『ヒト型フォルム』のこと?

 これね!ボク、いっぱい身体鍛えたり、いろんな子と戦ったりしている内にね、いろんな形になれるようになったの!!

 それでね!ボクが形を自由に変えられるようになって、まずなりたいなって思ったのが、フィルだったの!!

 だから、ボク普段からこの形でいることにしたの!!」


それは光栄………ってことで、いいんだろうか……?

いや、でも………


「その姿、どう見ても女の子なんだけど………」

「うーんとね、最初はね、フィルと全く同じ姿でいたんだけどね、人間達を見てたら違う姿の方がいいなーって思ったの」

「えっ、人間!?

 キュルル、僕と分かれてから人間と会ったことあるの!?」

「直接会ったことは一度もないよ。

 ボクが鍛えたり、いろんな子達と戦ったりしてる所に、たまに人間達が来ることがあったの。

 なんとかチョーサ?とかって言ってたっけかな」

「調査……」


魔王が討たれて、魔物が沈静化したから、その調査……ってことかな?


「ボクは、折角だから人間との戦いはフィルとまた会えてからにしようって思ってたから、その時はいつも隠れてたの。

 そんでね、時々その人間達の中に、身体の作りが違うのが2人だけで一緒に来てる時があったの。

 それで、ああ、これって、オスとメス、男と女ってやつだなって思ったの。

 それでそれでね!!」

「うおっ!?」


キュルルは急にテンションが上がって身を乗り出した。


「その男と女がね!身体を寄せ合ったり、口と口を合わせたりしたの!!」

「へ、へぇ……」


どうやら調査の時間中にひそかに逢引をしていた人達がいたらしい。

……気のせいか、周りの学園関係者の大人達の中から『ビクッッ!!』という動揺の気配が感じられた気がした。


「それを見てたらね、なんだかボクね、自分の姿を女の方にしたくなったの。

 なんでかは自分でもよく分かんないんだけど。

 確かフィルは男って方だったけ……って思ったりもしたっけ。

 なんだろねコレ」

「え、いや、その…………さあ……………」


それは………どう受け止めたらいいんだろ…………

い、いや、今は置いておこう………


「ま、まぁ、その姿のことは分かったよ……

 ちなみに、今のその見た目って、その時の女の人を真似てるの?」

「うん!その後、他のいろんな人間達も参考にして、ボクなりにいいなーって思った姿でいるんだけど、ベースはその時見た女の人だよ!

 例えば髪型とか!!」

「ふーーん」


僕はざっと周りの学園関係者を見渡してみる。

まあ流石に今もキュルルが見たころのままでいる可能性は低い――


―――ビュンッッッ!!!


あ、今一組の男女が逃げた。


「まあ、いいか………

 ………それでさ………キュルル……」

「うん、なに?」


僕が今一番気になっていること………

どうしても確かめておきたいあの言葉……


「『魔王』になったって………一体……?」


僕は5年前、キュルルとの別れ際に言った言葉を思い出していた。


『もしかしたら……

 君が新しい魔王になっちゃうかもね!』

『きゅっきゅるー!』


まさかそんな……?

いやでも、そもそも『魔王』の定義って……?


「うーんとね、ボク、とにかくフィルとの誓いを守ろう!

 って必死になって、身体を鍛えて、いろんな子達と戦ったの。

 身体の黒い犬みたいな子とか、鳥と人間が混ざったみたいな子とか、大きな土の塊で出来た子とか、蛇の生えた大きな鳥みたいな子とか!!」

「へぇー……」


ヘルハウンド、ハーピィ、ゴーレム、コッカトリス………

懐かしいなぁ……5年前、僕達が必死に逃げた時の魔物達………


「ボク、いっぱいいっぱい鍛えて、いっぱいいっぱい戦って、そしたらね、みんなが言ってくれるようになったの、『まるで『魔王』のようだ』って!」

「みんな……っていうのは……」

「ボクが戦ってきた子達!!!」


キュルルには他の魔物の言葉も分かるらしい……

そもそも魔物にとっては当たり前のことなのか、キュルルが特別なのかは分からないけど……


「それでね、クロちゃんに勝った時、皆が認めてくれたの。

『アナタこそ、正真正銘の『魔王』だ……』って」

「クロちゃん……?」

「この子!」


と、キュルルは後ろにいたブラックネス・ドラゴンに手を振りながら言う……

ああ、そういや忘れてた………

ドラゴンは「グルルル……」と軽く唸りながらこちらを見ている……


「この子ほんっとうに強くてね!!

 ボク、何度も何度も負け続けてたんだけど、ついこの間になってようやく勝つことが出来たの!!

 それで、戦ってるうちに友達になって、こうやってボクの頼みも聞いてくれるようになったの!!」

「頼み……って……?」


キュルルは、ぽよんと跳ねながら僕の前まで来ると、僕の目を見て、言った。


「フィルの所に連れていって、って頼み!!」

「えっ……!?」


それって………?


「ボクね、なんでかは分かんないけど、フィルが近くに来たってのが分かったの。

 ボクがクロちゃんに勝って、『魔王』って呼ばれるようになって、そして、それからすぐにフィルが来た。

 ボク、とうとうこの日が来たんだ、って思った」

「この日……?」


キュルルは胸元に下げた木剣の欠片を両手で握り、目を伏せた。


「フィルとあの日に誓った、あの言葉、あの時の約束を果たす時が来たんだって」


そして、再び僕の目を見た。


「覚えてるよね?フィル。

 あの時、これを渡してくれた時に、言ったこと」

「…………!」



『僕らは今日でお別れだけど、

 いつかまた、強くなって会えたらさ……

 あの戦いの決着を付けようよ。

 今度こそ、誰にも……

 どんな魔物にも邪魔されずにさ。

 これはその約束の証……

 みたいなものかな』



僕は、胸元から柄だけの木剣を取り出した。

奇しくも、僕もキュルルと同じく、紐で括り首から下げ、服の内側にずっと隠し持っていたのだ。

あの日からずっと、肌身離さず身に着け続けていた。


キュルルは僕の木剣を見て、柔らかな笑みを浮かべる。

そして、瞳から涙のようなものが一筋流れたような気がした。


「フィル…………

 ボク、強くなったよ」

「…………………………………」


「フィルも………

 強くなったんだよね………」

「…………………………………」


「フィル……………」

「………………………………………」


キュルルは、もはや言葉はいらないとでもいう様に、静かに両腕を引き締める。

そして、僕の顔を正面から見据えた。




「さあ!!!!

 フィル!!!!!!

 あの日の戦いの決着!!!

 今日、ここで付けよう!!!!」





「………………………………………………………」






僕は、キュルルを見据える。

その後ろではブラックネス・ドラゴンが静かにこちらを見ていた。


三大『危険域アンタッチャブル』ドラゴンの一角。

初代『魔王』ですら手を出さなかった、最強格のドラゴン。

それを背後に従える彼女の姿は、まさしく新たな『魔王』の風格だった。


僕は目を伏せ、思った。


そうか……キュルル………

君は、本当に強くなったんだね………


そして、目を開き、その姿をしっかり捉えながら、叫ぶ!!!




「キュルル!!!!!」


「きゅるうっ!!!!」



















「どうか今しばらくお時間をくださいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」


「きゅるーーーーー!?!?!?!?!?」






僕は東洋より伝わる究極の謝罪姿勢、

『アース・ダウン・シット』を決めながら渾身の魂の叫びを吠えた。

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