第12話 僕と………………


「う、うわあああああああああ!!!!

 皆さぁぁあああああん!!!」


入学者達が黒い魔物の群れへ飲み込まれる光景を目の前で見せつけられた受付女性の悲痛な叫びが響き渡る。

勇者学園……そこで、次世代の『勇者』になる。

そんな夢を携え、希望を胸にやってきた晴れの日。

そんな記念すべき日に、このような見るも無残な惨劇が起きてしまうなんて……!


彼女は自らの無力さと、すぐに自分もまた彼らの後を追うことになるであろうこの非情な現実に、もはや涙を流すことすら―――


「うーーん、いないなぁーー、全然いなーーい」


「へ?」


突如として聞こえて来たあまりにも場違いな能天気極まりない声に彼女は自分でもそう思ってしまう程間抜けな声が出てしまった。


「もしかしたらボクが一目じゃ気が付かないぐらい成長しちゃってるのかも!

 って思って、一応この人達もじっくり一人一人確認してみてるんだけどさ。

 やっぱ違うよねー、全然違うよコレ。

 っていうか女の子まで混じってるし」


「えっ、えっ?」


目の前には恐ろしい黒い魔物の群れ。

この声はそんな群れの奥から聞こえてくる。

とても可愛らしい声だった。


「だから、この人達はもう返すねー。

 ぽーーい☆」


そんな掛け声と共に魔物の群れの中に飲まれていた入学者がぶん投げられる。

全員ちゃんと原型を留めている。

というか怪我一つしていない。

なんかピクピク痙攣してはいるけど。


そして、そんな魔物の群れが左右へと割れ――


「ね、アナタは知らない?

 『彼』のこと!」


真っ黒な粘液で出来た女性の身体をした魔物は、実に人懐っこい笑みで、彼女に問いかけるのであった……


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あ、あの魔物は一体……!

 あのような能力を持つ魔物なんて聞いたこと……!」


アリスリーチェさんがたった今目の当たりにしたその魔物の力に驚愕の声を上げる。

確かに、自らの身体で魔物を形作り、それを操るなんて物凄い能力だ。


………でも、なんだろう……僕、なんかすっごい見たことある気がする……

5年くらい昔、井戸の中で…………


「いやいや、まさか……そんな、まさか………まさか、まさか、まさか……」

「フィールさん?

 どうかされましたの?」


ブツブツと独り言を呟く僕の様子を心配してアリスリーチェさんが声をかけてきてくれたが僕は答える余裕がなかった。

5年前の記憶と、今目の前で起きたことの類似点がどうしても頭から離れず、他のことに目を向けられずにいる……


いやでも、『あの子』のアレは、とてもささやかで可愛らしい『人形劇』で……

あんな物凄い規模のものでは―――




「きゅるっ!!本当っ!!??

 やっぱりここにフィルがいるんだ!!」




突然聞こえたそんな声に僕の思考は中断された。


「えっ?今、フィルって…?」というアリスリーチェさんの戸惑いの声も今の僕にはもはや遠い……

僕は額から汗を滴らせながら、ゆっくりと歩き出した。

アリスリーチェさんの焦った声が後ろから聞こえてくるがもう気にしている余裕はなかった……


僕はふらつきながらも入学者や学園関係者の大人達を掻き分け、その声の元へと歩みを進める。

そして、一番先頭の集団の前へとたどり着き、その光景をみた。


「え、ええ、フィル=フィール君……ですよね……?

 ある意味、この学園入学者の中で一番記憶に残る人物ではありましたが……」

「きゅっきゅるーーー!!

 そうなんだ!!やっぱりフィルもすっごい成長したんだね!!

 ボクとの約束、ちゃんと守ってくれたんだーーー!!」


受付のお姉さんがへたり込みながら『それ』と会話をしている……

『それ』は漆黒の粘液で出来た身体を持つ者……

先程見た時は長い髪で顔が隠れてて分からなかったが、とても可愛らしい顔立ちをしており、全身黒色の中で瞳部分だけは白色なのが印象的だった。

まぁ、身体が粘液で出来ており、自由に造形が可能なのであれば、今現在の見た目に意味があるのかどうか疑問な部分もあるが……


だが、今の僕はそんな見た目などまるで些細な問題だった。

僕が何よりも注目していたのはその胸元。

紐で結ばれており、首からネックレスの様にかけられていたある『モノ』……

それは一見すると、ただの木片のようにみえる。

しかしよく見ると、剣の形状を模していることが分かる。

柄の存在しない、剣身部分だけの木剣だった……………






『これ……君にあげる』

『きゅ!!きゅるっ!』







「キュ………………キュルル……………………?」


「うきゅっ?」







僕の言葉に『それ』は……『彼女』はこちらの存在に気付く。

『彼女』は僕を見つめると、しばらく呆然と目を見開いた。


それから徐々に、顔中に喜色を湛え始める。

そして、感極まったかのように目を瞑ると―――



「フィルーーーーー!!!!」


場違いなほどに明るく、喜びに満ちた声が『彼女』から発せられる。


「ボクね、ボクねーーーー!!!」


そして、僕に向かって叫ぶ。

とても嬉しそうに、万感の思いを込めているかのように、とても大きな声で―――


「魔王になったよーーーーーーーー!!!」


僕は呟いた。


「………マぁジで?」

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