第2話 僕と王都ヴァールディア


左右どちらを見渡しても果てが全く見えず、見上げれば一体何メートル、いや何十メートルの高さがあるのか想像もつかない……

そんなあまりにも長大な城壁の一画にこれまた物凄く大きく、見るからに堅牢な城門が備えられていた。

現在、荷馬車はそんな城門の前に止まり、御者のおじさんは複数の門衛さんと話をしている。

僕は荷台から降り、おじさん達の話が終えるのを待っていた。


「積荷自体に問題はないが……あれは?」


門衛さんが鉄兜の奥からこちらに目線を向けた。

その鋭い目つきに僕は思わず「うっ…」と身震いしてしまった。

予定にない『荷物』を警戒しているのだろうか……


「道の途中で拾ったんだよ。

 ほら、例の勇者学園の入学希望者だ」

「勇者学園……?」


門兵さんは訝しげな目を向けた。


「入学希望者なら王都から送迎用の馬車が主要な街に手配されていたはずだが?」

「それがなぁ、

 坊主ん所の街にいた馬が体調悪くなっちまって出れなくなったんだと。

 そんで、どうも次の手配まで待てなくて、

『きっとこれは神様が僕に与えた試練!

 馬の力を借りなくたって僕一人で王都まで辿り着いてみせる!

 うおおお!待ってろよキュルルううううう!!』

 って叫んで徒歩で向かおうとしてたらしいんだが、結局出発地点から2キロも満たない時点でぶっ倒れてた所を見つけたんで乗っけてやったのよ」

「その情報要りますかね!?」


門兵さん目線が訝しげなものから憐憫と呆れが混じったものへと変わる……

いや、あの時の僕はこう、ずっと憧れてた『勇者』になれるチャンスに浮かれてなんか変なテンションになってたんだよ!


「……まぁいいだろう。

 荷物検査をして問題が見つからなければ滞在許可証を発行してやる。

 おい、お前の荷物を確認させてもらうぞ」

「は、はい!どうぞ!」


僕は背負っていた背嚢を門衛さんに渡した。


「調理器具に……ん?

 この密閉容器はなんだ……?

 やたらと大量にあるが……」

「あっ、それキュルルンゼリーっていう僕が開発したお菓子です!

 村で大人気だったので、王都の人達にも食べてもらいたいなって!

 村の皆に無理言って街から保存容器を用意してもらって沢山作ったんです!

 皆さんも是非食べてみてください!

 いやー、この味を保ったまま保存が利くように改良するのは中々骨が折れましたが――」

「……お前本当に目的は勇者学園なんだよな?

 料理学校とかじゃないよな?」


そんなこんなで僕の荷物検査は問題なく終了し、滞在許可証を発行して貰える運びとなった。

あとキュルルンゼリーは大好評だった。やったね。


「んじゃ坊主は本通りで降ろすってことでいいか」

「そちらに任せる。

 まあ、ここは途方もなく広いが目的地が勇者学園なら迷いようがないだろう」

「ははっ、そりゃそうだ」


そんな会話を耳にしながら僕は「確かに……」と心の中で同意していた。

何せこの街で一番大きな建物を目指せばよいのだから、そりゃ見失いようがない。


「そんじゃ坊主、行くぞ」

「あ、はい!」


そして、巨大な城門が鈍い音を立てながら開くと、馬車は動き出した。

その扉の先――

大陸最大の都へ向かって―—


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


王都『ヴァールディア』

そこは超大陸『ヴァール』の中心地に存在する巨大城壁都市。

そして……5年前までは魔王と魔物に支配されていた地でもある。


元々は遥か昔から人類と魔物との戦いにおける最大の前線基地として機能していた場所だった。

大陸における人類と魔物の生存圏の境界。

決して破られてはいけない人類最大の防衛の要として、幾度も魔物からの襲撃を受けつつも、その全てを退け続けてきた。


しかし……

『魔王』が現れ、その防衛の要はあっけなく破られてしまうこととなる。


陽動、部隊行動、地形利用……

それまでただ本能のまま力を振るうだけであった魔物が人間と遜色ないほどの戦術を駆使し、大陸最大の防衛基地を蹂躙したのだった。

数百年もの間、雄大に存在し続けた不落の要塞はわずか数日の内に陥落し……


そして、魔王はこの地に巨大な『城』を作り上げた。


遥か彼方からでもその存在が確認できてしまうほどの、余りにも規格外のそれは人類にとって決して忘れえぬ恐怖の象徴となった――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「それが、勇者様によって魔王が討たれ、

 ここも再び人類の元へ戻ることになった……と」

「ああ、そしてそれと同時にこの大陸を代々統治してきた我らが国王、

『ヴァールライト8世』の命によりこの地への遷都が決定したのさ。

『今日!この地より!超大陸『ヴァール』の新たな歴史が始まるのだ!』

 ってね」

「へぇー……」


本通りへの道すがら、僕はおじさんからこの都市の成り立ちについて話してもらっていた。


王様か……

正直ずっと小さな村の中で育ってきた僕にとってはあまり馴染みがなく、ピンとこない存在ではある。

なんとなく、もの凄い偉い人ってイメージしかわかないなぁ……


「しかし、そんなかつての恐怖の象徴であった魔王城が、まさか勇者養成学園の学園校舎として利用されることになるなんて、驚きですね」

「正直な話、俺はあんなもんとっとと取り壊しちゃくれねぇか、って思ってんだけどな。

 アレを見てると5年前を思い出しちまうよ。

 魔王に故郷を追われて、必死に逃げて、

 それでもあの馬鹿でかい城だけは嫌でも目に入っちまう……

 忌々しいったらなかったぜ」


おじさんはこの近くの街出身だったらしい。

この辺りで暮らしていた人達にとっては『元』魔王城は未だ苦々しいトラウマとして記憶にこびりついているのだろう……


「それにしてもあんな物どうやって造られたんでしょうね……

 普通なら絶対数十年単位での建築時間が必要になりそうなものですけど……」

「さぁな。

 ここが魔王に支配されて、ある日突然何の前触れもなくあの城が現れたんだよ。

 俺は初めて見た時は夢でも見てんのかと思ったもんだ。

 ありゃ相当得体が知れねぇ代物だぜ。

 そういう意味でも、アレはさっさとぶっ壊した方がいいと思うんだがねぇ……

 わざわざ勇者学園として利用なんざ、何の意趣返しなんだか……

 全くお偉いさんがたの考えることは分からんよ」


そう言われると中々不気味な場所に見えてくる……

かつての恐怖の象徴、か……


「ま、なんにせよ坊主も気ぃ付けろよってこった。

 前にも言ったが、無理だけはすんなよ。

 強くなるにしても、まずはなによりも自分の身を大切にしな」

「……はい!」


おじさんの気づかいに僕は精一杯の返事を返した。

そうだ、もう5年前のような失敗はもう繰り返してはいけない。

僕はもう、考え無しに突っ走ったりしない!!

……つい最近同じような失敗を繰り返した気がするが気にしない!!


「さてと……そろそろだぜ」

「!」


僕らが今通っているこの道は物資搬入用ということで、人影はあまり見られず他の荷馬車が時折すれ違っていくぐらいで比較的静かな環境だった。


だけど、おじさんの言葉に僕は気が付く。


馬車の前方から様々な音が聞こえてくる。

それは人々の雑踏の音、声の音、それに、他の馬車の音も混じっている。


本通りへの合流地点が、近づいている……?

僕がそんなことを考えた、その次の瞬間―――


「うわぁーーー!!」


僕の目に、耳に、沢山の情報が飛び込んできた。


「ようこそ、大陸の中心にして、最大の都へ」


おじさんの声がどこか遠くに感じられた。

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