第1章
第1話 僕と荷馬車
―――ゴトゴト…………ゴトゴト………
勇者による魔王討伐から5年―――ようやく各地の戦禍も落ち着いてきた頃。
舗装されきっていない道路の上を荷馬車が音を立てながら往く。
荷台には王都『ヴァールディア』への物資が詰め込まれていた。
日用品、装飾品、武器、食料……
そんな大量の荷物の中に、人影があった。
外套を深く被っており、外から顔つきは伺えない。
しかし、見る者が見れば、只者ならざる実力を感じざるを得ないだろう。
「いやぁ悪ぃなぁ、
そんな狭っ苦しい場所しかなくて」
御者の声が荷台の中の人物へかけられる。
その者は顔を少し上げ、答えた。
「気にしないでください。
乗せてもらえるだけでも大助かりですよ。
それに、少し懐かしくもあるんです。
昔、今日みたいに荷物に紛れて、ある野営地に忍び込んだことがありましてね。
悪いことをしてしまったと、後で謝りにいったんですが……
はは、たっぷり絞られてしまいましたよ」
「あっはっは!
そりゃあ、わんぱくなこってぇ!」
彼の名はフィル=フィール。
故郷の村で最も非力で、勇者など夢物語とあしらわれ続けた少年であった。
あの誓いの日より5年……
彼は立派に、逞しく成長していた。
背は伸び、顔から幼さは消え、腕力はかつてと比べ物にならない程だ。
その姿は、まさしく勇者と呼ぶに相応しき雄々しさを―――
「それにしても、その歳で王都に1人でおつかいたぁ立派だねぇ!
お前さん、見る限りまだ10か11、あるいは12ってとこだろう?
いやぁ、俺の倅なんてまだまだ―――」
「僕15です」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
………いやまあ、確かに上のナレーションは僕の妄想だけど………
別に嘘をついてたわけじゃないよ?
背は伸びたんだよ、実際。
10センチくらい。
顔つきも随分カッコよくなったものねー、ってよく言われるんだよ?
未だに髪型いじりは行われるけど。
腕力については間違いなく付いたよ!
今では畑のクワだって振れるんだから!
10回くらいは!
あ、ちなみに最初の方で言ってた『只者ならざる実力』っていうのは、この前村で行われた料理コンテストで見事僕が優勝を果たしたのです!
渾身の一作!『キュルルンゼリー』!
長きにわたる研究によって完全再現したあの不思議な味わい!
是非ご賞味あれ!!
……………まあ、はい、そんな感じです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いや、ちゃんと身体も鍛えてたんだよ?ランニングとかしてたし。小さな村の周り半周で死にかけたけど……ブツブツ」
「おーい、坊主ー!
悪かったってよぉー!
帰ってこぉーい!」
御者のおじさんの声に僕は「はっ!」と正気に戻る。
そうだ、いつまでも過去を振り返っていてもしょうがない。
未来に目を目を向けよう!
輝かしい未来に!
……とはいえ、やはりこの5年間の必死の鍛錬の成果がコレというのは流石に脱力を禁じ得ない……
こんなんじゃいつまでたっても『あの子』に顔向け出来ないよなぁ……
「キュルル……」
あのスライムはどうしているのだろう……
向こうは四面楚歌ともいえる環境……
もし、僕と同じ様な有様だったりしたら……
「いや……そんなことないさ……
きっと…!」
そう、あの子は強い。
きっと、逞しく成長して、
いつかまた僕の前に現れる。
だったら僕が考えるべきことは一つ。
あの子の前に立つに相応しい人間に……
『勇者』になるんだ……!
僕は思わず拳を握りしめ……
―――クシャリ…
右手に掴んでいた紙がひしゃげる音が聞こえた。
それは王都『ヴァールディア』から大陸全土に出されたお触れ。
そう……勇者養成学園の設立、及び入学者募集という内容の……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「勇者養成学園ねぇ……
俺は正直よく分かんねぇんだよなぁ……
国の兵士育成とどう違うんだぁ?」
御者のおじさんが煙管をプカプカと吹かしながら聞いてきた。
まぁ確かに……近年の大陸各地における魔物活性化に対抗して、
とのことだが、それなら普通に兵士を募集して鍛え上げればいいだけの話だ。
僕はお触れの内容を改めて確認する。
「えーと……そもそも我が国において、『勇者』っていうのは単に力が強かったり、魔物を沢山倒せる人ってことではなく、ある特殊な能力を開花させた人…っていうのがまず前提条件なんだそうです」
「特殊な能力?」
5年前まで続いていた人類対魔物の大戦争……通称『ヴァール大戦』において魔王を打ち破り、人類に勝利をもたらした英雄、初代勇者『アルミナ』。
この勇者が持つ『力』は単なる才能だとか技術だとかいう言葉では到底説明が付かないものであった。
「そりゃあれだろ。
『魔法』ってやつの力だろ?」
「いえ、それが……」
『魔法』……人間の身の内に宿る『魔力』にイメージの力を添加し、練り上げ、生成することで、炎、水、風、爆発……様々な現象を引き起こすことが出来る、古来より脈々と受け継がれてきたこの世界における『力』……
確かにそれは戦場においても絶大な威力を発揮するし、魔法のエキスパートである『魔法師』……特に凄まじい破壊力を持つという高等魔法を使える『上級魔法師』は国が保有している人数がそのまま国力を表しているとまで言われている……
だけど……
「勇者様が持っている『力』は
「違う?何が?」
うーん、どう説明したものか……
悩んだ結果、僕は勇者様が持つと言われている特殊な『力』の事を単純にそのまま伝えることにした。
「勇者様は……
「……は?」
ポロリ、と煙管が落ちる音が聞こえた。
「えっと……どういう意味?」
「そのままの意味です。
勇者様は一切寝ることなく、1日中動ける。
そのうえ疲労をまるで感じないんだとか。
どこまでも全速力で走り続けることが出来るし、
いつまでも戦い続けることが出来る」
僕は9年前、勇者様に村を救ってもらった。
実はあの日、勇者様は大小合わせて
僕の村もそのうちの一つでしかなかったのだ。
「勇者様は大戦に参加してからの4年間……
1日たりとも眠らず戦い続けてたそうです」
「……それ、本当に人間?」
仮にも大陸に平和をもたらした英雄に対して酷い言い草だとは思うが、まぁ無理もないことだろう……
僕だって初めて知った時は同じ感想を抱いてしまったのだから……
「もちろん勇者様自身の実力も本物で、大陸でも随一の剣技の持ち主なうえ、高等魔法も扱えるらしいんですけど……
それだけで人類生存圏が残り四分の一という状況から巻き返すなんてのは難しかったでしょうね」
「はぇ~……」
おじさんは開いた口が塞がらない、といった風だった。
「それこそが『勇者』を『勇者』たらしめた『力』……
【インフィニティ・タフネス】です」
「そりゃなんともまぁ……」
と、なかなか偉そうに語っているが全部お触れの詳細欄に載っていることだ。
僕がこのお触れを受け取ったのはついこないだのことで、この内容に目を通した時は今のおじさんと寸分違わず同じ反応になってしまったのだった……
「それで、結局勇者養成学園ってのは?」
「ああ、そうだった、えーっと……」
元々、ある一分野における能力が常人より秀でている人間、というものは前々からその存在がいくつか確認されている。
例えば、物凄く記憶力がいい人だとか、一目見ただけで他人の動きを完璧に模倣できる人だとか……
そんな特定の人間が持つ常人以上の何かしらの能力を『エクシードスキル』と、この国では呼称しており、勇者『アルミナ』の【インフィニティ・タフネス】もその一種とのことだ。
「いやいや、勇者様のはどう考えてもそんなレベルじゃないだろう……」
「ええ、僕もそう思います。
でも、勇者様も初めからそんなぶっ飛んだ能力だったわけじゃなくて、
幼い頃はただちょっと疲れにくい身体、というだけだったらしいんです」
「へぇ?」
それが、歳を得るに従い強化されていき……
そして、ある契機を得て現在のような常識外の能力へ変貌を遂げたのだという。
「ある契機?」
「うーん……
それが載っていないんですよね……」
ともかく、『エクシードスキル』は成長する。
そして勇者様のような人類の常識を遥かに超えた域にまで達したものを『スーパー・エクシードスキル』と呼び、それを以って『勇者』の称号を手にする資格を得る、ということだ。
「国王は『ヴァール大戦』の経験を得て、これから先の時代、真に必要とされる力は『スーパー・エクシードスキル』である、という結論を出されました。
『エクシードスキル』の開花、そして『スーパー・エクシードスキル』への昇華、それこそが『勇者』に求められるものであり、それはただ単に身体を鍛えれば身に付くというものではないんだそうです。
特殊な鍛練や知識の習得……他にも様々な要因があり、またそれは年齢が若い内からの体験が重要でもあるそうです。
故に、そういった環境を整える場として『教育機関』を作り上げることした、というのが勇者養成学園設立の経緯らしいんです」
「はぁ……なるほどねぇ……」
「ちなみに、この学園設立の立役者が勇者一行のメンバーの1人なんだそうです。
彼がこの構想を王へと直談判し、数年にも及ぶ協議の末ようやく実現までこぎ着けたんですって」
余談だが勇者一行のメンバーは全員が『スーパー・エクシードスキル』持ちだ。
勇者様1人が注目されがちだが他の人達も相当に凄まじい実力者なのだ。
「んで坊主は……」
「はい、そこに行くつもりです」
未だ、『あの子』とのあの誓いは果たせそうにない僕。
そんな僕でも、もしかしたら『力』が目覚めるかもしれない。
もちろん、そんなの何の保証もないただの願望だ。
むしろこんな僕にそんな『力』が眠ってるなんて到底思えそうにない。
それでも……可能性はゼロじゃない……
強くなって……『勇者』になって……
いつか『あの子』の……
キュルルの前に立つ。
「僕は、絶対に強くならなければいけないんです」
「……そうかい」
おじさんは僕の言葉に深入りはしなかった。
何も知らない人間が立ち入るような話ではないと察してくれたのだろうか。
「ま、あんまり無理はすんなよ、坊主」
「はい、ありがとうございます」
「いいさ……それよりほら、見えて来たぞ」
「あ……」
おじさんの言葉に荷台の幌の隙間から前方を伺うと……
『それ』は確かに見えた。
王都へはまだまだ距離があるはずだった。
だが、そのシルエットはここからでも確認できる。
それほどまでに巨大な建造物。
「あれが……」
「そうさ、かつての恐怖の象徴……
『元』魔王城だ」
そして、今現在。
人類より新たな名を付けられ、生まれ変わった『象徴』
それこそが、僕の目的の場所。
その名は……
「勇者養成学園『エクスエデン』」
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