第6話 僕と君との誓い


「朝日だ……」

「きゅる……」


10日ぶりに太陽の光を全身に浴びる。

地上に生きて帰ってきたという実感に思わず涙ぐんでしまう。

『まぁ、無意味に死にかけただけだけどね』

という心の声に別の意味で涙ぐむ。黙れ。


「えっと………」

「きゅきゅるる……」


気持ちが落ち着いてきたところで僕はスライムと向き合った。

そして、僕達はお互いになんて声をかけたものか分からずにいた。


元々は戦場で出会い、敵として戦った。

それがいつの間にやら意志を交わし合い、助け合い、生還を誓い合った。


僕達は何を話すべきなのだろうか……


「と、とりあえず……戦う?」

「きゅるる…」


あの井戸の底で僕たちは一時休戦し、落ち着いたら再び戦おうと話をしていた。

あの後それどころじゃなくなってしまい有耶無耶になったけど……

今なら問題なく戦いの続きを行えるだろう…


そんなことを考えながら、僕が腰の木剣に手を伸ばしてみると……


「あっ、剣が……!」

「きゅる?」


木剣は柄と剣身のちょうど境目で折れかかってしまっていた。

多分井戸に落ちた時の衝撃のせいだろう。

状況が状況だったので今までずっと気が付かなかったのだ……


「うう……これ村の皆に作ってもらったものだったのに……」

「きゅるるる……」


僕の泣き出しそうな声にスライムが慰めるような声をかけてきてくれる。

この剣は勇者に憧れる僕の為に村の皆が作ってくれたものだった。

男の人が木を切ってくれて、女の人が削ってくれて、とても軽くて丈夫で、力の弱い僕でも思い切り振りまわすことが出来て――――


「…………………………………」

「きゅる……?」


急に黙り込んだ僕にスライムがどうかしたのか、と言うような声を上げる。


皆が作ってくれた剣を見ていると……

自分がとてもいけないことをしていたという実感が湧いてきた……

優しい村の皆を騙して、野営地に忍び込んで、挙句に勝手に死にかける……


こんなの、勇者じゃない……


「強くならなきゃ……」

「きゅ?」


きょとんとしているスライムに向き直る。

そして僕は言った。


「僕……このままじゃ駄目だ……

 自分勝手で、身の程知らずで……

 周りに迷惑をかけて……

 皆を不安にさせるだけ……

 こんなの、勇者じゃない……

 だから……強くならなきゃ……!」

「きゅるる……!」


僕の言葉をスライムはどう思ったのかな。

少なくとも、否定的でない事は確かだろう。


「僕、村に戻るよ。

 みんなにキチンと謝らないと……

 それに野営地のおじさん達にも。

 勝手に忍び込んで迷惑かけちゃったしね。

 そして、身体を鍛えて、強くなって……

 今度はしっかりと村を出るよ。

 いつか絶対、本当の勇者になる為に」

「きゅきゅるる!」


これは『そうだな!』か、『頑張れ!』か。

きっと僕を応援する言葉に違いないだろう。


「君も……」

「きゅる?」


「君も強くなるんだろう?」

「きゅっ!……きゅきゅるっ!!」


多分『当然だ!!』かな。

黒い身体をぼよんぼよん跳ねさせている。

渾身の意思表示なのだろう。


この前人形劇で見せてもらった通り、この子の方が環境は過酷だ。

周りに味方は誰もいない。

自分だけの力で強くならなければいけない。

僕はその強い意志を信じるしかない……


「……あ、そうだ」

「きゅ?」


僕は自分の手に握っている折れかかった木剣に再び目を落とす。

そして……


「えい」

―――ぽきっ!

「きゅる!?」


木剣の柄と剣身を完全に分離させた。

突然の行動にスライムは驚いた声をあげる。


「これ……君にあげる」

「きゅるる……?」


僕は折れた木剣の剣身部分を差し出した。


「僕らは今日でお別れだけど、

 いつかまた、強くなって会えたらさ……

 あの戦いの決着を付けようよ。

 今度こそ、誰にも……

 どんな魔物にも邪魔されずにさ。

 これはその約束の証……

 みたいなものかな」

「きゅ!!きゅるっ!」


スライムは喜びながら木剣を受け取り、ずぶずぶと体内に沈み込ませていく。

そして、真っ黒な身体の中に完全に入りきり、見えなくなった。

溶けちゃったりしないのかな…?

まあ寝る時僕を包んでた時には僕は溶けなかったし、食事用の時とそれ以外の時とでそれぞれ別の包み方があるのだろう。


さて……


「じゃあ……そろそろ……」

「きゅる……」


いよいよお別れの時だ……

この1人と1匹の奇妙な数日間に……


「あ…そういえば……

 まだ僕の名前を言ってなかったね」

「きゅる」


今更な話だったが、まさかスライムとこんな関係を築くことになるなんて想像もしていなかったのだから仕方ない


「僕はフィル。フィル=フィールだよ」

「きゅる、きゅーる!」


ん?今のは……僕の名前を呼んだのかな?

『きゅる』……『フィル』……なるほど……


「君は……」

「きゅ?」


うん、まあ、ないよね。

となると……


「僕が名付けちゃって……いいのかな?」

「きゅきゅる!」


いいらしい。

うーん……どうしよう………

なんかこう、いい名前は……


「キュルル……」

「きゅるる?」


いやいやいや!!!

流石に安直過ぎないか自分!?

鳴き声て!!ペットじゃないんだから!!


「あの、ちょっと待って……」

「きゅるる!きゅるる!きゅるるーーー!」


ああ、はい、お気に入り頂いたようです。

……ごめん………ごめんね………

せめて、こう、何か付け足して………


「あ……オニキス!」

「きゅるる?」


それは昔、僕が村で見せてもらったことがある宝石の名前。

とても奇麗な黒色の宝石で、今のスライムとそっくりだった記憶がある。

厄除けのお守りとかにも使われていて、確か石言葉は……『強い意志』


この子にピッタリだと、僕は思った。


「うん……君は、キュルル=オニキスだ」

「きゅるるーー!」


どうやら喜んでくれているようだ。

良かった……

ありがとう、いつだったか僕に宝石を見せてくれた世話好きなおばさん……

例のお嫁さん発言、今なら許せるよ……


「『キュルル』は少し可愛すぎるけど……

 『オニキス』は魔王でも通用しそうだね!」

「きゅるるっ!きゅっきゅる!」


魔王か……

そういやもうすぐ勇者様と魔王の決戦が近いって話だっけ……

どちらが勝つのかは分からないけど、人類側としては当然勇者様の勝利を願う。

ただ……

勇者様が魔王を倒したら、もう勇者も必要とされなくなっちゃうのかな……


いや……

もしそうなったとしても、僕はもう勇者になる為だけに強くなるんじゃない。

このスライムと……

キュルルと決着をつける為に強くなるんだ。


それに………


「もしかしたら……

 君が新しい魔王になっちゃうかもね!」

「きゅっきゅるー!」


僕達は顔を見合わせて笑い合った。


「さて……それじゃ今度こそ……」

「きゅる……」





「バイバイ!キュルル!」

「きゅっきゅる!きゅる!」





そして、僕達は別の道に向かって歩き出した。

この日、確かに交わした誓いを胸に……




またいつか、再会を信じて。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


それから、ほんの数日後のことだった。


魔王が勇者によって倒された。

各地の魔物は統率力を失い、沈静化。

超大陸『ヴァール』に平和が戻った―――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


《 - 五年後 - 》



「おーい、フィル坊ーーー!!

 これ見てみろーーーー!!

 王都からのお触れだーーーー!!

 勇者養成学園だってよーーーーーー!!」



『次世代の勇者求む


昨今における大陸各地の魔物の活性化、

その対抗手段として、

王都『ヴァールディア』にて勇者養成学園を設立。

ついては入学希望者をここに募る。


入学資格は年齢19歳以下であること。

それ以外の資格は一切必要なし。

入学者数制限なし。

入学試験なし。

入学料なし。


学園内で好成績を収めた者は国王より『勇者』の称号が正式に与えられる。

その名は先の大戦における魔王討伐者、初代勇者『アルミナ』と同列であり、

この世界における最高峰の栄誉として永遠に歴史に記され―――――』

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