第5話 僕と君との脱出


「うぐぐぐ……ぐぬぬぬぅ……うわっ!」

「きゅるるっ!」


―――ドチャア!


いつの日かと同じ落下音が、今日もまた井戸の中に響き渡った。


―――あれから10日間が過ぎた。


僕らはずっと脱出の挑戦を続けている。

井戸の壁を登り、力尽きて落ちる。

そんなことを何度も何度も繰り返していた。

無駄な努力だとは思わない。

繰り返す度に距離は増しているのだから!


「く……今日はどれくらい行けた!?」

「きゅるる!」


スライムが差した所は……

僕の背丈一つ分くらい先!

よし!とうとう僕の身長分は登れたぞ!!


…………むなしくない、むなしくない。

むしろ村で碌に木登りも出来ない僕がよくぞここまで!凄いぞ僕!

あと何年かかるのかとか考えない!!


「……とりあえず、食事にしようか……」

「きゅる」


僕がそう言うとスライムが髪へ纏わりつく。

じゅるる……という髪を溶かす音を聞きつつ、僕もスライムの身体に噛り付く。

スライムが僕の髪を食べる傍ら身体の一部を僕の顔の前まで伸ばしてくれているので僕らは同時に食事を取ることができた。


お互いにお互いを食べ合う……

この一見異常な状況も今となってはすっかり慣れたものだった。


あれから僕の髪を食べ続けたスライムは出会った頃よりかなり大きくなっていた。

最初は両掌サイズくらいだったのが今では両腕で抱えなきゃいけないぐらいだ。

その結果今は頭の上ではなく背中に張り付くようなスタイルになっている。

見た目程は重くないのが救いだ……


それと身体の色もすっかり変わっている。

半透明の白色から灰色に。

そこからどんどん黒色が増してきて今ではすっかり真っ黒だ。

黒い髪をずっと食べているからなのか……

まぁそういう生態なのだろう。


余談だが色が変わると共に味も変化した。

風味に若干の苦みが加えられていき、これはこれで美味しい。

おかげで食べ飽きることがないのでむしろありがたいぐらいだ。


夜はお互いに寄りそって眠っている。

というか僕がスライムに包まれて寝ている。

一体どういうことかというと……

今の季節は春先だがまだまだ夜は冷える。

僕が寒さに震えているのにスライムが気付くと僕の身体を包み込みはじめたのだ。

驚く僕をよそにスライムは僕の身体をすっぽり覆いつくした。

そして僕は気付いた。

身体の寒さが和らいでいるということに。

スライムは僕を粘液で包むことで身体を温めてくれているのだ。

最初の頃の小さな身体では僕の身体全てを包み込むのはかなり無理をしているように見えて、「そんなことしなくてもいいよ!」と断ろうとしたのだけどスライムは頑なに離れようとはしなかった。

結局僕としても夜の寒さはかなり堪えることになりそうなので、申し訳なさを感じながらも厚意に甘えることとした。

その分日中は精一杯壁登りに全力を出そうと心に決めたのだ。


ちなみに今は余裕をもって僕を包めている。

スライムの揺り籠は物凄く寝心地がいい。

これまでの人生で一番の快眠だった……


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はぁ……はぁ……」

「きゅる……」


今日も今日とて成果なし……

初日と同じ様に僕は大の字で倒れ込んだ。


でも、絶対諦めたりはしない!

何度でも挑戦し続けるんだ!!


ただ……


「僕の髪……もうだいぶ短くなったね……」

「きゅるるる……」


そう。

地面スレスレぐらいまであった僕の髪はすでに肩の近くにまで来てしまっている。

このスライムの今までの食事量からして……

もって、後1、2回分。


「………………」

「………………」


タイムリミットは近い………

このまま僕の髪が無くなれば……

またこの前のようなことが起きるだろう……

すなわち……僕か、スライムか。

どちらが生き延びるのかの選択……

あの時は僕を食べさせてスライムを生き残らせるという選択肢だけだったけど、今は僕の方もスライムを食べるという選択肢がある……


多分そうなったら……お互いにお互いを生き残らせようとするのだろう……

何故かそんな確信があった。


「……諦めない」

「きゅる」


僕は握り拳を作る。


「僕たちは絶対に2人一緒に生き残る!!」

「きゅきゅるーー!!」


僕らは気合の雄叫びを上げる。


正直、心が挫けそうではある……

それでも、魂を震え上がらせ、立ち上がる。


壁の取っ手を掴み、僕は立ち上がる!


絶対に、ここを生きて出る―――!!


「……………………………」

「……………………………」





――ところで、僕は今何を掴んだのだろう?





僕達は無言のまま掴んだ物に目を向けた。


それは金属の棒。

コの字型の金属棒が壁に向かって横向きで突き刺さっている。

そして、それは上へ上へと…………

等間隔に並んでいる………………



これは、あれだね、うん。

梯子だ。



僕らが毎日必死に登ろうとしていた場所の後ろ側にそれはあった………………



「………………………………………」

「………………………………………」


僕らは何も言わなかった。

ひたすらに静寂がその場を満たし続けた。


そして、これまでの日々の思い出が頭の中を過ぎ去っていき―――




「やったね!!!!!

 これでここから出れるよ!!!!!!!」

「きゅるるるるrrrrr!!!!!!!」


うんうん良かった!!!

万事解決!!!

ハッピーエンド!!!

はい、お話終わり!!!!!

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