第4話 僕と君との極限サバイバル


「ぐぐぐぐ…………だぁっ!!」

「きゅるぅっ!」


ベチャリ!と、もう何度目になるかも分からない落下音が井戸の中に響き渡る。

その拍子に僕の頭に乗っていたスライムも転げ落ちてしまった。


「はぁはぁ……駄目だ……

 全然登れない……」

「きゅきゅる……」


もうどれくらいの時間が経っただろうか……

多分半日は過ぎてしまっただろう……


最初は近くに人がいることに淡い希望を抱いて大声を出してみた。

しかし何度声を上げてもむなしい反響が井戸の中にこだまするだけだった……

外の戦いに出てた人達はもう全員撤収してしまったのだろうか……

せめて僕がここに来ていることを知っている人がいてくれたら……


あっ!野営地のおじさん!

あの人が僕が戻らないことに気が付いてくれてたらもしかして……!

あ、いや駄目だ……

おじさんとは魔物の襲撃があった時街に戻れって言われて……

それきり会ってないや……

街に戻ったと思われてるだけだろう……


その後はなんとか井戸の壁を登ろうと挑戦し続けているのだけど……


「えっと……

 今のはどれくらい登れてた……?」

「きゅる」


ビッ!とスライムが身体の一部を突き出す。

指差しのようなジェスチャーだ。

そこは……今の僕の頭の少し上……

というか、僕の頭の上に乗っているスライムの位置とほぼほぼ同じだった。


「……ちなみに一番登れた時の位置は?」

「きゅるる」


……先ほどの位置から約握り拳一つ分上。


「つまり……

 1メートルも登れていないということかー」

「きゅっきゅるきゅるきゅるる」


『っていうかその場から動いてないも同然』

って言ってるな!

もうすっかりこの子とは以心伝心だ!


「……………………………………」

「……………………………………」



どうしよ。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


その後、何度も挑戦してみるものの、むなしい成果しか返ってはこなかった……

そもそも僕はクワすら碌に振れない軟弱野郎なのだから当然だ……


……せめてこのスライムだけでも外に出してあげられないかな……

よし……!

僕は渾身の力でスライムを放り投げる!

半分の高さも飛ばずに壁に激突した。

ごめん。ホントごめん。


「ぜぇ……ぜぇ……ちょっと休憩……」

「きゅるるる………」


この井戸はかなり大きめに作られており、僕は大の字で寝転がることができた。

いや僕の背が小さいおかげかもしれない……

背中が泥まみれになって気持ち悪いけど今はどうでもよかった……

見上げると狭い空に奇麗な月が昇っている。

ああ……すっかり夜になってしまった……


―――ぐぅ~……


「…………お腹へったな………」


いよいよもって本格的にまずい……

喉だって乾いてきてる……


「きゅるる………………」


どうやらスライムの方も僕と同様に空腹状態らしい。

見るからに元気がなくなってきている。

スライムがどんなものを食べているのかは分からないけど流石にここの泥を食べることは無理そうだ……


「…………ごめんね」

「きゅるるっ?」


突然の謝罪にスライムが驚いた声を上げる。


「僕がこんな所に逃げ込んだりした所為で君まで巻き込んじゃって……

 そもそも逃げる時に君のことを抱えちゃったりしたから……

 君が1人で逃げてればこんなことには……」

「きゅきゅる……!きゅるきゅる!」


絶望的な状況にどんどん弱気になってきてしまい、僕の口からは自責の言葉が次々と零れ落ちてしまう。

スライムは『そんなことないよ!』って言ってくれているのかな……

でも……


「………ねぇ、君達スライムが普段何を食べてるのかは知らないけどさ……」

「きゅ?」


「魔物って……

 普通は人を食べるものだよね」

「きゅるっ!?」


スライムが焦りの声を上げる。

どうやら……

僕が何を言いたいか理解できたらしい。


僕は起き上がり、言った。


「僕を食べて……君だけでも生きてよ」

「きゅっきゅるっ!!きゅるきゅる!!」


スライムは僕の提案を拒否したいらしい。

身体を必死に振って否定意思を示している。


なんだか不思議な気持ちだ。

お互い敵同士と認めあったはずなのに……

お互い相手に死んでほしくないらしい。

いや、認め合ったからこそ……なのかも。

身の丈に合わない理想を抱きあって……

お互いに意志を通じ合って……

僕らはライバルであり………

きっともう、親友なのだろう。


でも、このままじゃどちらも死ぬだけだ。

僕を食べたところで一時しのぎにしかならないかもだけど……

それでも生きていれば助かる可能性はある。

だったら……


「2人一緒に死んじゃうより……

 君が生きていてくれた方が……

 僕は嬉しいよ」

「きゅるっ……!」


スライムは僕の言葉を噛みしめる様にふるふる震えている。

そのまま何か考え込むように押し黙った。

そして、決して短くない時間が過ぎ―――


「きゅっ……………!」


意を決したかのように声を上げた。


分かって……くれたのかな……


スライムが僕へとにじり寄り、そして―――


「きゅるーーーっ!」


掛け声と共に僕へと飛び掛かる。

僕は自然と目を瞑った。


ああ、できれば痛くないといいなぁ―――


―――じゅるっ!


「…………………ん?」


何かを飲み込むような音は聞こえてきたが僕の身体からは何の異変も感じない。

それに……

なんか音は後ろから聞こえてくるような……

僕は目を開けて後ろに視線を向けた。

そこには……


「きゅむっ、きゅむっ!」

―――じゅるるる……


僕の髪に絡みつくスライムの姿があった。

正確には僕の髪がスライムの内部へと沈み込み、中で溶かされているようだった。

これは………


「僕の……髪を食べてるの……?」

「きゅむる」


僕の髪はかなり長くボリュームがある。

僕が立っている状態でギリギリ後ろ髪が地面に付くか付かないか、という程だ。

村では男は畑仕事などで邪魔にならないように髪は短くしておくのが普通だ。

でも僕は前にも言った通り料理等が主な仕事だったので髪を切る必要はなかった。

そして僕の髪型をいじくりまわしたい、という強い希望が村のおばさん達から上がった結果、今に至るまで長髪を維持しているのだった。

ちなみに僕自身は不本意だ……


スライムはそんな僕の髪をじゅるじゅると溶かし食べている。

そして僕の膝下程までを食べ終えると……


「きゅるるるる……」

―――グググググ……


「うわぁっ!大きくなった!?」


なんとスライムの身体が一瞬で一回りほど大きくなったのだ。

スライムって物凄く成長が早いのか…?

それ程の量を食べたとは思えなかったけど…

それに先程までは白色だった身体の色が少しだけ灰色になった。

これは、僕の髪の黒色が混じったのかな…?


いや、それよりも……


「わざわざ僕の髪を食べるのって………」

「きゅるきゅる!」


……どうやら僕を殺さずに空腹を満たす方法としての妥協案……ということか?


「きゅるっ!」

「…………」


このスライムの心遣いは素直に嬉しい。

でも……

僕を殺さずに済んでも結局は………

そう思っていると―――


―――ぽよん

「きゅるる!」

「うわ!?」


突然スライムが僕の眼前へ飛んできた。

思わず尻もちを着く。


「あの……ちょっと……?」

「きゅるきゅる!」


スライムは自分の身体をやたらと僕の顔に押し付けてくる。

いや……

僕の口に向かって押し付けている……?


………………………………………まさか。


「…………君の身体を………食べろと?」

「きゅきゅる!」


いやいやいやいやいやいやいや!!!

それって大丈夫なの!?

いろいろな意味で!!


「きゅる!きゅるる!!」

「む、むぐぅ……」


スライムは困惑する僕をよそにぐいぐいと身体を押し付けている……

僕達人間が魔物を食べる行為は古来から禁忌とされているのだが……

一応鳥系の魔物とかは一部珍味として振舞われるって話もあるらしいけど……

流石にスライムはどうなんだろ……

それにこの子自身は大丈夫なのか……?

髪とかと違って全体が本体でしょ……?

いやでも、身体は液体で出来てるっぽいし、少しなら問題ないのか……?


「うーーん………もが」

「きゅるっ!!」


倫理観やら憂慮やらで僕が尻込みしている間にも急き立てるようにスライムは僕の口へと強引に自らの身体を押し付け続けている……


「えっと……君は大丈夫……なんだよね?」

「きゅきゅるっ!」


正直抵抗はかなりあるけど………

どのみちこのままだと僕は餓死するだけなのは確かだ。


「………分かった……でも自分の身が危なそうだったらすぐ言ってね?」

「きゅるきゅるっ!」


僕は意を決してスライムを掴む。

そして、口を開けると……


―――ぱくん。

「んむ……」

「きゅ」


スライムの頭頂部に噛みつき、そのプルプルの身体を口に含んだ。


―――もぐもぐ……


「むぅ……」

「きゅる……?」


『どう……?』と言ってるのだろうか。


……少なくともすぐに吐き出したくなるような味ではない。

以前、村で街からのお土産としてゼリーってお菓子を食べたことがある。

初めて見たときからそれっぽいとは思っていたけどその見た目に違わずな食感だ。

それでいて果実のようなみずみずしさもあり、喉を潤すことも出来そうだ。

決してしつこくない甘み。

ほんの少しの酸味がアクセント。

リンゴのような、ブドウのような、なんとも不思議な味でこれは―――


「うまい」

「きゅるる!」


僕の感想にスライムは誇らしげだった。

いやホント美味い。ビックリした。

スライムって皆こんな味なの?

まだまだ世の中知らないことだらけだ……


「あの……もっと食べても大丈夫?」

「きゅるぅ!」


危なくなったらすぐ離れてね、と断りを入れつつ僕はぱくぱくとスライムの身体を頬張っていった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ごちそうさまでした」

「きゅるきゅるる」


すっかりお腹いっぱいになった。

割と結構な量を食べてしまった気もするけどさっき成長して大きくなった分は超えていないようでトータルでは僕と出会ったときよりも身体は大きいままだ。

ちなみに僕の噛み痕は再生している。

便利な身体だなぁ。


「ふう……」

「きゅる……」


とりあえず当面の危機は去った……

とはいえ未だ状況は最悪のままだ。

僕らにはここからの脱出のすべがない……


けど―――


「……絶対生きて戻ろうね」

「きゅっ!」


僕らは決意を新たにした。


絶対に……諦めない……!

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