第3話 僕と君との異種族コミュニケーション


それにしても………


「君、一体なんでこんなところに……?」

「きゅ?」


膝の上のスライムが奇妙な鳴き声を上げる。

まあ聞いたところでスライムの言葉なんて分かるはずもないんだけど……

仕方ないので僕から話をすることにした。


「僕はさ、昔村が魔物に襲われた時、勇者様達に助けてもらったことがあってね」

「きゅきゅる」


スライムは僕の話に耳を傾けてくれている。

いやスライムの耳とか分からないけど。


「そんな勇者様に憧れて僕も人々の為に戦う勇者になろう……

 なんて思ってここまで来たんだ。

 ま……単純だよねー」

「きゅっきゅ」


スライムは思わずはにかんだ僕に合わせて笑ってるかのように身体をゆすっている。


「でもやっぱそう簡単にはいかないよね……

 当たり前の話だけどさ……」

「きゅるう……」


今度は俯いたような動きだ。

僕が知らなかっただけで魔物ってこんな風にお話出来るものだったのかな。

なんか新しい友達でも出来たような気分だ。

僕は自然と自分のことについて語り始めた。


「僕さ……親がいないんだ。

 僕が生まれた後に死んじゃったらしくて。

 病気なのか、魔物とかに殺されちゃったのかは分からないんだけど」

「きゅ………」


「そんな僕を村の皆が育ててくれたんだ。

 普段は村長の家で暮らしてるんだけど、毎日のように他の家にも泊まらせてもらったりしてね。

 僕にとっては村の人達全てが家族みたいなものだった。」

「きゅう」


「だからこそ……

 あの日の勇者様には凄く感謝してるんだ。

 僕の沢山の家族を1人残らず救ってくれて。

 もし誰か1人でも死んでしまっていたら、僕はきっと立ち直れなかったと思う」

「きゅるる」


「僕もあんな風に誰かを救いたい……

 そう思ってあの日から必死に身体も鍛えたんだけど……

 僕、筋肉が付きにくい体質らしくてさ……

 今でも畑のクワも碌に振れないんだ……」

「きゅるっきゅきゅきゅる!?」


『そんなんでこんな所来たの!?』とでも言いたげな鳴き声だ。


「あはは……まぁ、無茶だよねー…

 村の皆にも話したんだけどね…

 まぁ、なんというか、

 皆やんわりと『いや無理でしょ』って感じの反応だった」

「きゅきゅきゅきゅる」


多分『そりゃそうだ』って言ってる。


「でもさ、それでも諦めきれなかった。

 だから10才になった日に、決心したんだ」

「きゅきゅう?」


『なにを?』かな。


「僕の村から北側へ向かってずっと行くと結構大きな街があるんだけど、

 その近くがこの辺の魔物との最前線って話を聞いてさ。

 そこに行って僕も戦おう!ってね」

「きゅっきゅきゅる……」


『なんて安易な…』って言ってる気がする。


「村の皆には街に行って料理店とかのお手伝いをしたいって言ったんだ。

 僕くらいの歳からでもちょっとした出稼ぎに行くことは珍しくなかったからね。

 まあ、それでももっと村から離れてない所へ行くのが普通だし、非力な僕がそんな遠い場所に行くことにかなり不安だったみたいでね。

 最初は中々許可してくれなかったんだけど……

『僕みたいなのが……

 勇者になんてなれないだろうけど……

 戦う人たちの支えになるぐらいなら……

 きっと出来るって……

 そう思ったんだ……

 でも、そうだよね……

 僕なんかに……

 出来ることなんて……ないよね……』

 って涙を浮かべながら言ったら皆号泣して馬車の手配までしてくれたんだ☆」

『きゅきゅきゅるきゅーきゅる』


『割と最低な事してるねキミ』かな、多分。


「そんなわけで僕はここに辿り着き現在に至る……ってわけ」

「きゅる……」


うーむ…話の最後のくだりでだいぶ見損なわれた気がするなぁ……

うんまぁ、無理もないけど……


「それで君は……」

「きゅるる」


うーん……どうしよ……

僕の話に対する反応だけならなんとなく予想は出来たんだけど……

流石に向こうから何を話しているかをこの『きゅるきゅる』から解読するのは……


「きゅ」

――ぽむん

「あっ、ちょっと」


スライムが僕の膝の上から離れてしまった。

いったい何を?と思っていると―――


「きゅきゅきゅきゅ……」

「うおおっ!?」


スライムの身体から細い管みたいなのが伸びてきた!

そしてその先っぽがぐにゅぐにゅと変形して何かの形を作り始めた!

これは……ドラゴン?


「きゅきゅきゅ~~……」


更にまた新たな管が伸び、今度は鳥のようなものが形作られる。

他にも数本の管が続けて伸びていき、先っぽには色々な生き物が……いや魔物が作られていく。


「これは……魔物の群れ……を表しているのかな……?」

「きゅきゅる!」


どうやら正しいらしい。

こんな器用なことが出来るとは……

僕がそんな風に感心していると、また新たな管の先に魔物が作られる。

それは……


「あっ、スライム」

「きゅ!」


4体ぐらいのミニスライムが管の先にまとめて作られた。

これは、スライムの集団を意味しているのかな?

そして、そのスライム集団に先ほどの魔物の群れがぐわあっ!と襲い掛かるような動きを見せた。

スライム達は怯えるように後ずさりをする。

まるで人形劇でもしているかのようだった。


「ええと、これはつまり……君たちスライムは他の魔物達から襲われている……

 いや、いじめられている……?

 どちらにせよかなり弱い立場にあると…」

「きゅきゅう……」


なんとなく鳴き声のトーンが低い。

この子はそういう立場を自覚しているということか……

そう思っているとスライム以外の魔物の姿が消えた。

いや、ほかの魔物達の姿が変わったのだった。


「あれ、今度はスライムだけ?」

「きゅう」


そう、多種多様な魔物の群れからスライム一種のみの群れへと変わってしまった。


「ん?これって……」


そのスライム集団の中に一際小さいスライムがあった。

他のスライム達とは離れた位置にそれは置かれている。


「もしかして……これ、君?」

「きゅきゅる」


多分肯定の『きゅきゅる』だ。

そしてその自分を模した小さなスライムが他のスライム達からぐわあっ!と襲われかける。

小さなスライムは後ずさる……まるで先ほどの魔物の群れが見せた動きがそのままスライムで再現されたかのようだ。


これが意味するところは……


「君は……立場の弱いスライム達の中で……更に弱い立場にあった……?」

「………きゅきゅる」


……立場が弱いものは更に立場が弱いものをいじめる……

なんて話を聞いたことがあるけど……

まさかそれが魔物という種族の中でも起きているなんて……

僕は他のスライムを見たことはないけど今見せてもらった人形劇の中でこの子はかなり小さく作られている。

まだ子供……というかもしかしたらまだ生まれたばかりな可能性もある。

そんな子がこんな……

僕が思わず黙り込んでしまっていると……


「きゅきゅきゅっ!」

「ん?」


気が付くとまた新たな管が出来ていた。

その先に作られている形は……


「人間?」

「きゅっきゅる!」


複数の人間、それといつの間にか先ほどの魔物の集団も再び作られており、にらみ合う様に左右に置かれていた。

これは……人間と魔物の衝突を表している…?

そんな両者の間を割る様に例の自分を模したミニスライムが現れる。

そして、スライムが人間達に向かって勢いよく飛び掛かった。

人間達は『ぴゅーん☆』という効果音でも付きそうな吹っ飛び方をし、小さくなって消えた。

ご丁寧に星になる演出を表現している。

ホント器用だ……

その後スライムが魔物達の方へ向き直る。

いや、スライムの向いてる方向なんて普通分からないんだけど繋がってる管の位置とかからそう判断。

魔物達はスライムを囲んで皆一様に頭を下げ始めた。

中心にいるスライムは踏ん反りかえりドヤ顔をしている……ように見える。多分。


つまりこれは…………


「人間達を自分1人で倒して、周りを見返してやろうとした……ってこと?」

「きゅっきゅ!」


ぽよん、とスライムが僕の膝の上に戻ってくると、意図がきちんと伝わったのが嬉しかったのか上機嫌な鳴き声を上げた。


なんというか……


「君は強いなぁ……」


僕はスライムを抱きしめながら呟いた。


「きゅきゅる?」


スライムは急に何を?とでも言うように疑問符を浮かべていた。

でもこの子は本当に強いと僕は思う。

同じ種族からも蔑まされるような境遇で決して挫けず、自分の道を突き進む。

そんなとても強い意志をこのスライムは持っているんだ。

僕は両親はいなくても村の皆が優しくしてくれて孤独を感じたこともなかった。

そんな僕からすれば周りが自分を貶めてくる環境なんて想像もできない。

これは魔物なら元来持つものなのか、それともこの子自身の強さなのか……


「なんか……君と比べたら自分がちっぽけに思えてくるよ……

 身の程知らずな憧れだけを抱えて、

 ろくな考えもなしで戦場にやってきて……

 それで出来たことは情けなく必死に逃げることだけでさ……」

「きゅる…きゅるきゅきゅっきゅきゅる!」


腕の中のスライムが慌てて声を上げている。

これは……『それはこっちも同じだよ!』って感じかな……?

そういやこの子も僕と同じ様に木の陰に隠れていたんだっけ。

戦場に来たはいいけど、現実は厳しかったということか……


「ははは……

 お互い、中々思い通りとはいかないね!」

「きゅきゅきゅ!」


僕らは顔を見合わせて笑い合う。

いやスライムの顔なんて――以下略。


そんな和やかな空気の中、僕は気が付いた。

外からの音が止んでいる……?


「外の戦いが………終わったのかな?」

「きゅきゅる……?」


少なくとも、この近くはもう戦場にはなっていないようだ。

ならもう安全か……?


「そういや僕たち一時休戦ってことにしてたんだよね……」

「きゅるきゅる……」


お互いに身の上話までしちゃって、すっかり打ち解けてしまった。

さっきみたいな戦いを続ける、というのはどうにも気が引ける感じはする。

ただ………


「…………」

「きゅ………」


僕らはこの場違いな戦場で出会い、互いに敵同士と認め合った。

この関係を切り捨ててしまうのも、なんとなく嫌だった。


「決着は、つけないとね!」

「きゅる!」


この子も同じ気持ちのようだ。

人間と魔物の殺し合いとかじゃなく……

お互いを認め合ったライバルとして!


「よし!!!

 それじゃあここから出て戦おう!!!」

「きゅきゅるっ!!!」


そう!ここから出て!!

ここから!


ここから………




「………………………………………」

「………………………………………」





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