第22話
シシルは何かを思い出したかのように大きな声を出してルークのことを指さす。
「お前がルークか! 探したぞ」
そう言うシシルにルークはわけがわからずキョトンとする。
シシルの顔に見覚えがないし、シシルもルークのことを知らない様子だった。
それなのに彼女がルークを探していたとはどういうわけか。
「若……これを」
ディオンがルークに一枚の紙を手渡した。
念のため危ないものを持っていないか確認するためにシシルに了解をとって荷物を調べていたところ見つけたものだった。
「これは……手配書?」
ディオンが差し出したのは有名な犯罪者を捕らえるために国が国内に配っている手配書だった。
驚くことに、そこに描かれていた似顔絵はシシルにそっくりで懸賞金の額もなかなかに高い。
「あ、私の身分証だ」
シシルはルークの持っている手配書を指さして笑う。
これで手配書の似顔絵の人物とシシルが同一人物だとほぼ確定したわけだが目の前のあどけない少女が本当に犯罪者だとはルークには思えなかった。
それと同時にこれまでの町で検問が行われていたのは彼女を探していたためか、と納得もできた。
「君はいあったい……」
ルークが彼女の素性を尋ねるとシシルは得意げに笑った。
「私か? 私は『イルカワナリ解放戦線』の幹部。シシル様だ!」
シシルは生まれてすぐに捨てられたため、親の顔を知らなかった。
ただ、周りを見渡せば同じような境遇の子供ばかりだったしそれが彼女にとっての「普通」だった。
初めて「盗み」をしたのは五歳の時。
兄弟のように育った子供たちと一緒に町の小悪党から食べ物を盗んだ。
初めての盗み、初めての成功。それが嬉しくて「帰ったら褒めてもらえるぞ」とウキウキして家に帰ると大人たちの様子が少しおかしかった。
決して怒っているわけではないのにどこか雰囲気が重い。
困惑しているような気もした。
そのうち、シシルにとって母親のような、姉のような存在のユミールが戻ってきて事情を説明してくれた。
「すげえなぁ。そいつすげぇ!」
聞いたのはシシルがいない間に少年が一人でアジトにやってきて大人たちを相手に「取引」を持ちかけたという話だった。
少年はシシルよりも年上だったが、まだ子供だったシシルにとって「大人相手にやり取りをする」というのがもうかっこいいものだった。
ユミールもたまにしか姿を見せないネロもその少年に一目おいているようで、話しかきいていないのにその少年はシシルの憧れになった。
ネロの話では「少年は数年後に戻ってきて自分たちの味方になる」という話だった。
本当はネロはもっと細かいことを言っていたのだが子供のシシルには難しくてよくわからなかった。
ただ、「少年が来る時までに力をつけよう」という話なのは分かったのでシシルは頑張った。
盗みの腕を磨き、仲間と共に戦闘訓練もした。
十二歳になったころにはその小柄な体格を活かして、どこでも入り込める優秀な組織の一員になっていた。
「ルーク」が来るとネロに聞いたのはひと月まえのことだった。
それはシシルにとって待ち望んでいたもので、気が付けばネロの静止もきかず町を飛び出していた。
「迎えに行ってくる!」
と。
シシルが身に着けた技術は「盗み」や「戦い」の力ばかりで十二歳とはいえその辺のチンピラ程度なら問題がないくらい彼女は強くなっていた。
ただ、野宿や地図を読む力などはなく町を飛び出したのは軽率だったと言わざるをえない。
一か月近く町の外をさまよい、どうにかこうにかルークの住む「トフサル」の町の近くまで来れていたのはほとんど奇跡だった。
「でもよかったなあ。ルークに会えて。もし会えなかったら私餓死していたぞ」
まるで他人事のように笑うシシルにルークは少し不安になった。
「ネロやユミールの名前も知っているし、嘘じゃなさそうだね」
ルークはシシルを信用することにした。よどみなく話した内容は信憑性が高く、それがほんとうのことならば「イルカワナリ」でネロたちも心配しているだろう。
なにより、強さがどうであれ目の前の自分より小さい女の子を置いていくわけにはいかなかった。
ディオンは驚くほど気さくに話しかけてくるシシルのことを若干苦手そうにしていたが、連れていくことに不満はなさそうだった。
シシルといえば、ご飯を食べてお腹がいっぱいになると安心したのかすぐに眠ってしまった。
すやすやと寝息をたてるシシルを見ながら「ほんとうにこのあどけない少女が一人で旅をしてきたのか?」とルークはシシルの底力に感心するのだった。
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