第21話

翌日、ルークたちは特に何の問題もなく「フユーク」の町を出立した。

町で十分に休んだおかげか馬の脚も警戒である。


「若、昨日のようなことはもうやめてくださいね」


一夜明けて少し冷静になったディオンが前方を走るルークに伝える。

ルークはいたずらをした子供のように笑いながら


「わかったよ」


と返事をする。


二人はそのまま馬を走らせて草原を駆け抜ける。

二つ目の町に着いたのはそこからさらに三日後。


その町でも「犯罪者」の目撃情報があり、検問を受けて領主に挨拶をした。

今度の町はディオンにも親切に接してくれて二人はそこでまた体を休め、足りなくなった食料などを買い足すことができた。


翌日にまた町を出立し、その日の夜になるころにはもう「イルカワナリ」までの道のりは半分以上終わっていた。


「ここからは夜は見張りを立てよう。交代交代でね」


治安も少しずつ悪くなっていたためにルークがそう提案するとディオンは自分が最初に見張りをすると言い張って譲らなかった。


「絶対に途中で起こしてよ? 交代交代だからね」


ルークは念を押すが、ディオンは返事をしなかった。

なんとか夜中に起きようと心に決めてルークは眠りについたのだが、自然に起きるよりも前に争いごとをしている声で目を覚ますことになる。


「なんでだよ! いいじゃねえかよー。入れろお」


子供のような……女性のような声が聞こえる。

それに反発しているのはディオンである。


「無理だ」

「立ち去れ」


と短い言葉を連ねている。

ルークはもぞもぞとテントから這い出して外の様子を確認した。


焚火の火を背にして立つディオンの大きな背中が見える。

その向こうに背の低い少女が立っていた。


少女はなんとかこちら側に来ようとしているようなのだが、ルークが用意した「風」の壁に阻まれてしまっている。


「ディオン、どうしたの」


ルークがそう声をかけると振り向いたディオンは「しまった……」という表情をする。

「若を起こしてしまった……」とでも言いたげな様子だ。


そして、小さくため息をつくと


「この者が突然現れまして……中に入れろと言って聞かないのです」


と説明した。

ルークがディオンの後ろから顔をのぞかせると少女と目が合った。


赤い瞳、そして赤い髪。随分と目立つ少女だった。


「お前、そいつの主人か! 私は腹が減った。この変なのをどけて私になにか食べさせろ! さもないと容赦しないぞ」


少女はそう言って歯をむき出しにして「がるる」と犬のように威嚇した。


「変なもの」というのは「風」の壁を指しているようだが、中に入れないのに「容赦はしない」とはどうするつもりなのだろうか。


ルークはその矛盾に気づいていたが、そこにはあえて触れずに


「どこから来たの?」


と問い返した。

正確な時間はわからないが深夜なのは間違いない。少女が一人で出歩くような時間ではなく心配したのだ。


「子ども扱いするな! 私はもう十二歳だぞ。ちゃんと理由があってここにいるんだ。いいからそのいい匂いのやつを食べさせろー!」


十二歳は立派に子供なのだが、それよりもルークは彼女が「いい匂い」と言ったことの方が気になった。


「風」の壁の魔法は「風」をその場に留めておく魔法だ。

当然その周辺の「風」は固定されているので匂いが外に漏れることはほとんどない。


しかし、彼女の言う通り焚火にかけられた鍋の中には夕食の残りのシチューが入っていて確かにいい匂いをさせている。


この少女は「風」の壁から漏れ出たほんおわずかな匂いを嗅ぎ取ったというのだろうか。


ともあれルークはその少女を危険だとは思わなかった。むしろこのまま外に置いておく方がこの少女を危険にさらす。


「入れていいかな、ディオン」


ルークがディオンに尋ねると、ディオンはため息をつき少女は顔を輝かせた。


ルークは魔法を一度解き、少女を中に迎え入れた。

そして鍋の中のシチューを器によそい少女に差し出した。


少女は本当にお腹が空いていたようで器を受け取るとかきこむようにがっついた。


「そんなに急ぐとのどを詰まらせるよ。ゆっくり食べて」


ルークがそう言っても彼女は


「んぐっ……飯はな……戦争なんだ。はぐっ……遅いと……取られる」


と食べながら話し、早食いをやめようとしない。

小柄な体で豪快に食べる少女がかわいらしくてルークは思わず笑ってしまったが、同時にいったいどんな家庭環境で育ったのだろうかと心配にもなった。


それから少女が食べ終わるのを見届けて、彼女が落ち着くのを待ってから


「俺はルーク、彼はディオン。君の名前は?」


と尋ねる。

少女はシチューの味に満足したのかお腹をさすりながらそれに答える。


「私か?私はシシル。よろしくなルーク。ディオンは入れてくれなかったから嫌いだ。ルークは好きだ……るーく……ルーク?」


シシルは心の底から驚いて大きな声を出した。

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