第20話
トーマ・コーリエルはルークが思っていたよりも随分と若い男だった。
年齢は二十代半ばといったところで、さわやかな青年という印象を受けた。
ルークを自宅に招きいれた彼は終始笑顔だった。
「いやあ、ハリオン卿から話は聞いておりましたがまさか本当いらっしゃるとは思っておりませんでした。この町で一番良い宿を用意しましたのでどうぞ何日でもゆっくりとお過ごしください」
ルークはその申し入れに礼を言い、それからここにはいないディオンのことを気にかけた。
「あの、俺と一緒にいた男性は?」
トーマの屋敷に入るにあたり、ディオンは入ることを断られたのである。
同行者ということは説明しているし、町に入れなかったわけはないのだが彼が今どうしているのか気になった。
「……あの平民の若者ですか。いったいどういったご関係で?」
トーマの笑顔が一瞬引き攣ったように見えたのはルークの気のせいだろうか。
ルークはトーマにディオンが自分のために善意でついてきてくれた仲間である旨をもう一度伝える。
それで納得してもらえるだろうと思ったのだが、トーマはルークが予想していなかった言葉を吐き出す。
「お言葉ですが、貴族たるものお連れする従者は選んだ方がよろしいかと。あの者の身なりでは明らかに品格が伴っていませんので」
その言葉を言うときもトーマは笑顔だった。
まるで「ルークに有益なアドバイスをした」とでもいうように。
その考え方は前世の貴族とは縁遠い暮らしをしていたルークにとって、そして生まれてからは「トフサル」で育ったルークにとって理解できないものだった。
ただ、その言葉を聞いただけでトーマの考え方をルークは理解した。
「いえ、お気遣いなく。彼は十分に優秀な男ですから」
あえて笑顔で、きっぱりとルークは言い放った。
それから
「ともに旅をする仲なので止まる場所は彼と同じ場所でかまいません」
と付け加えておく、今度こそトーマの笑顔は確実に引き攣った。
つまるところトーマは貴族を尊重していて平民を見下しているのだ。
その考え方自体は珍しいものではない。世界的にみればロナルドやルークの考え方の方が少数派である。
しかし、ルークは一緒に旅をしているはずなのに貴族というだけで自分が優遇され、平民というだけでディオンが虐げられるのは我慢できなかった。
♢
ディオンは戸惑っていた。
先ほどまで自分は「宿」と呼ぶには貧相すぎる、壁と屋根があるだけの掘っ建て小屋にいたはずだ。
この町が貴族や金持ちを優遇する町であることにディオンは門をくぐってすぐに気が付いた。
町を歩く人々の身なりや傍らで肩身が狭そうにする見るからに平民の者たち。
その空気感の異常さにはすぐに気が付いた。
だから、自分がその掘っ立て小屋に案内された時も「屋根があるだけまだマシだ」と思っただけである。
貴族であるルークはきっといい思いをさせてもらっているだろうし、それで彼が疲れを癒せればそれでいいと思っていた。
しかし、再び衛兵に声をかけられそのあとをついていくとディオンの目の前には豪華な宿が建っていた。
その様相に圧倒されながらもなんとか扉をくぐるとそこには笑顔のルークがいた。
「ディオンさん! よかった。待ってましたよ」
そう言って駆け寄ってくるルークにディオンはわけがわからないという顔をする。
「若……これは?」
ディオンが尋ねるとルークは成り行きを説明する。
ルークがディオンと同じ宿にしてくれと言ったことでトーマは動揺した。
いくら本人が言っているからといって他の町の貴族をただ崩れていないだけのぼろぼろの小屋に泊まらせるわけにはいかない。
ましてや相手は辺境で大きな力を持つハリオン家の子息である。
仕方がないので「ルークの泊まるはずだった宿にディオンを連れてくる」というのがトーマの出した結論だった。
ディオンはルークの説明に慌ててしまう。
「若、ここは『トフサル』ではないんです。平民が下に見られることも当然あります。貴族から反感を買うことはやめてください」
ルークの気持ちはディオンにしっかりと届いていた。嬉しいという思いに思わずにやけそうになるのだが、ライアンやロナルドからルークを任せられたことを思い出しディオンはルークをたしなめる。
しかし、ルークはそんなことを気にしてはいないようで
「だってディオンさんは大切な仲間じゃないですか。さすがに見過ごせません」
と笑うのだった。
ディオンは嬉しさの方が勝ってしまい、それ以上何も言えなくなってしまう。
結局二人はそのまま豪華な宿に泊まることにした。
トーマが実際どう思ったのかはわからないが、宿で用意された部屋や出された食事はどれも一流だった。
二人はここで旅の疲れを癒すのだった。
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