第19話
「トフサル」という町は領主であるロナルドの方針で子供が何かの仕事をすることはない。それは「手伝い」であっても同様で基本的には子供は自由に遊べるような環境が作られている。
十四歳だったディオンもそれまで興味本位で町の大人たちがする「狩り」についていったこともあったが、それはあくまでも「遊びの延長」でそのことを強要されたわけでもなく、やらないといけないわけでもなかった。
そんなディオンにとって怪我をしてまで「魔法」を覚えようとしているルークの姿は不思議だった。
ルークからすればそれは楽しいことだったのかもしれないが、ディオンにはそうは見えなかったのだ。
しかし、その姿はどこか印象深く初めてルークの練習を見た日以来町で彼を見かければその目で追うようになった。
少しずつ上達していくルークをいつの日か応援するようになっていたのである。
「あの子は、どうしてあそこまで一所懸命に『魔法』覚えようとする」
一度、そんな風にライアンに聞いたことがある。
ライアンは少し悩んだ末その理由をディオンに教えてくれた。
「これは僕と父さんしか聞いてないことなんだけど……」
そう言って語りだしたのは「ルークが『イルカワナリ』を統治したいと思っている」という話だった。
「本気なのか?」
ディオンは耳を疑った。
「イルカワナリ」という町の評判はディオンですら知っている。
自分よりも幼い子供がその街を統治することを目標としていることを知り、正直に言えば「無理だろ」と思った。
しかしそれだけでなくルークのことを「すごい」と思ったのだ。
「若……」
彼のことをそう呼ぶとしっくりくるような気がした。
異国の地では自分の主の跡取りのことをそう呼ぶと旅の商人から聞いたことがある。
自分を助けてくれた貴族ロナルド・ハリオン。その彼の息子であるルーク。
彼が偉大な野望を持つのなら、それを支えてみたいとディオンは初めて心を震わせたのである。
♢
ルークに「なぜ自分を『若』と呼ぶのか」と聞かれディオンは答えなかった。
恥ずかしかったからだ。
まさか、目標に向かって頑張る姿に感銘を受けたとは言いづらい。
その結果なんとなく気まずい空気がながれてしまい、二人はお互いに無言で馬を走らせた。
道はだんだんと広くなっていき、それにつれてきれいに舗装されたものに変わっていく。
大きな町が近い証である。
前方に町の塀が見えるようになったころ、ルークは同時に門のところに人だかりができていることに気が付いた。
「なんでしょうあれ」
ディオンに合図をして馬を止める。
門の前では衛兵が複数人立っていて通行を制限しているようだ。
「おい、いつもは検問なんてないだろう。早く入れてくれよ日が暮れちまう」
門の前で足止めを食らっているのは旅の商人たちのようだ。
町に入るのに時間がかかっているため、少しいら立っている。
たどり着いたのは「フユーク」というこの辺りでは比較的商業の盛んな町である。
商人が言っている通り普段は検問の類を行っていないはずだが、この日は様子が違った。
「だから言っているだろう。犯罪者がこの近辺で目撃された情報がある。申し訳ないが積み荷に紛れて町に入られたらかなわん。荷物を確認するまでここは通せない」
衛兵が声を張り上げ、説明している。
あいかわらず商人たちからは苦情の声が上がっているが、どうやら待つしかないようだ。
ルークは旅商人たちの列にならび順番が来るのを待った。
積み荷の確認は大分厳重で、一人ずつ見てるために大分時間がかかっていた。
もともとルークたちが「フユーク」の町にたどり着いたころには日は沈みかけていたのだが、検問の順番が回ってくる頃には日はすっかり暮れてしまった。
そのころには衛兵も大分疲れが見えていてぐったりとしていたのでルークは少し不憫に思った。
「次は……旅人か? 荷物が少ないな。何か身分を示すものはあるか」
衛兵に聞かれてルークは首にかけていたシルバーの首飾りを取り出して見せる。
「ハリオン家、次男のルーク・ハリオンです。諸事情があり旅をしているのですが、コーリエル家当主トーマ様にお目通りをお願いします」
ルークが見せたのはこの世界の貴族ならば全員が持っている家紋を象った銀の首飾りである。
それは十分に身分証として効力のあるものだ。
衛兵は疲れた顔をしていたのに首飾りを見た途端急に背筋をただし
「失礼しました。ただいま確認を取りますので少々お待ちください」
とかしこまる。
ルークはこの首飾りがまるで権力を振りかざしているようで好きではなかったのだが、あいにくこの世界には平民の身分を証明する木札と貴族の身分を示す首飾りくらいしか身分証がない。
木札の方は偽装がしやすく、犯罪者が近くに潜んでいるというこの状況ではあらぬ疑いをもたれる可能性もあったため仕方がなかった。
首飾りの方も「盗品」の可能性があるのだが、そうではないと証明するためにこの町の領主であるトーマ・コーリエルに会わせてほしいと頼んだのだった。
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