第18話
「若。夜の見張りは私がするのでどうぞ早めに寝てください」
夕食を食べ終えるとディオンがそう申し出る。
ルークはそれを優しく断った。
「俺が『風』の魔法を最初に覚えたのは家にある魔法の本が『風』と『火』の本だけだったっていうだけなんですけど……最初が『風』でよかったと思っているんです。便利ですから」
そう説明した後にルークは野宿をする場所の周囲に魔法を張り巡らせていることを話した。
「風」の魔法すなわちそれは周囲を流れる風を魔力という特別な力で操作するのである。
その操作方法は魔法使いの想像力と技術で何通りもあり、ルークは風をその場に留める魔法を作り出していた。
「魔法で『風』を固めることもできるんです。一見何もないように見えますが、ここには壁があるんですよ」
ルークがそう言って前方に小石を投げると小石は「風」の壁にはじかれる。
ルークは四方をこの「風」で囲んでいた。
「獣にはまずこの壁は壊せませんし、もしも誰かが壁を壊せば寝ていても俺は気づけます。だから見張りはしないで今日は寝ましょう」
ルークはディオンにそう提案した。
二人が目指す「イルカワナリ」への道のりはまだまだ遠い。
それに、「イルカワナリ」の近辺に比べてこの辺りは治安が大分良い。
旅を続けていればそのうち見張りが必要になるタイミングもあるのだろうが、毎日見張りを立てるのは体力的に見て二人では現実味がない。
今はまだ体を休める方を優先しようとルークは思ったのだ。
ディオンはこの提案に納得し、この日は二人でテントに入り眠りにつくのだった。
翌日、ルークよりも先にディオンは目覚めていた。
説明されたとはいえまだ不安だったのか、まだ日が昇る前の暗いうちから目を覚まし、周囲を確認していたのだ。
レオンの言う通り、「風」の壁はしっかりと機能を発揮したようで、壁の向こう側に数匹の小さな獣の足跡を目視で確認したが、壁を破れないとわかり諦めて引き返したようだ。
安全の確認が終わるとディオンは朝食の準備を始めた。
肉の焼ける匂いでルークが目覚めた時にはすでに朝食の準備はほとんど終わっていた。
「明日は俺が用意しますね」
朝食を食べながらルークが申し訳なさそうにそう言うとディオンは無言だった。
どうやら身の回りの世話も自分の仕事だと思っているようだ。
ルークからすれば弓の上手いディオンが付いてきてくれるだけでありがたい。
貴族と平民という間柄だが、身の周りの世話までしてもらおうとは考えていないのだが、それとなくルークが伝えてみてもディオンは理解していないようだった。
「どうして『若』なんですか?」
二日目の旅が始まってからルークはディオンにそんなことを尋ねた。
寡黙だが、聞いたことにはなんでも答えてくれるディオンのことだ。今回もその理由を教えてくれるものだとルークは思っていたがディオンは
「秘密です」
と答えを教えてはくれなかった。
♢
ディオンが初めてルークのことを見たのは自身がまだ成人する前、十四歳の時のことなので今から五年前である。
貴族と友人同士というと変な感じがするが、ハリオン家の長兄ライアンは気のいい男だった。
ディオンのことを「平民」だからと見下すこともせず、孤児であることを気にかけてくれる優しい男だ。
そんなライアンと遊んでいるときに彼の弟ルークを始めてみたのだ。
ルークは「魔法」の練習をしていた。
ディオンはそれまで魔法使いが魔法を使うところを間近で見たことがなかった。
町には大人の魔法使いが何人かいたが、彼らが魔法を使うのはだいたい仕事の時でディオンはそれを遠目で眺めているだけだ。
どんな時でもひょうひょうと魔法を使って見せる魔法使いしかしらなかったため、「魔法」に対して「便利そうなもの」という認識しか持っていないかった。
だから、ルークの様子を見て驚愕した。
「風」を操ろうとしているらしく、ルークの髪がうねり彼を中心に風が集まっている。
そして、彼の目の前で「風」は弾けルークは体ごと空に打ち上げられる。
「ルーク!」
横で見ていたライアンが走り出し、地面にぶつかる前にルークを受け止める。
もう何回も同じことをしているのかルークの身体はぼろぼろで、ところどころに擦り傷も作っている。
ライアンはルークの傷の手当をし、「危ないことはできるだけ控えてくれ」と注意してからディオンのところに戻ってくる。
「僕の弟なんだ。何度言ってもやめないからひやひやするよ」
普段は冷静なライアンがそう言っておろおろしながらルークを見守っている光景が新鮮で、ディオンは今でもその時のことをよく覚えている。
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