第15話

ルークの誕生日から一週間が経った。

ライアンは再び学校に戻り、ルークはロナルドとレイラと共に故郷の町に帰ってきた。


故郷では誕生日パーティーを終えたルークを町民たちは温かく迎え入れてくれた。

この日ルークは屋敷の外に出て、町で定期的に開かれている狩りに参加してた。


ルークの故郷、ロナルドが統治する町「トフサル」では食料の確保と周辺の森の害獣の被害を抑えるために町の男たちを集めて定期的な狩りが行われているのだ。


貴族がこういった催しに参加するのは他の町では珍しいことなのだが「トフサル」では職業や立場は関係なく、成人した男性はなるべく参加するというのがロナルドの方針だった。


ルークにとっては成人して初めての狩りである。

町から南に広がる森の中を担当するグループに配属されたルークは町の若者と二人組で行動していた。


一緒にいるのはディオンという名前の青年で都市はライアンと同じ十二歳。

普段は農具などの修理を請け負う鍛冶屋をしている男だった。


彼は寡黙な男で、必要以上のことを話そうとはしない。

しかし、狩りの経験は豊富なようでルークが疑問に思ったことを聞けば短く簡潔に答えてくれる。


「若、ここからはしゃがんでください」


不思議なことにディオンはルークのことを「若」と呼ぶ。ルークは気軽に「ルーク」と呼んでほしいと伝えたのだが彼は呼び方を変えるつもりはないようだ。

「ルーク様」や「ハリオン様」と呼ばれるよりはいいと思い、そのままにしている。


ディオンに言われたとおりルークはしゃがみ、彼の指示を待った。

ディオンはルークよりも腰を低くし、視線を下げて地面を注視している。


その一歩後ろで彼の真似をしてルークが目を凝らすとそこに足跡があることに気が付いた。


「クマですか?」


足跡の大きさからルークがそう予想して尋ねるとディオンは小さく頷いた。

二人は足跡を追い、森の奥に入っていく。


目的のクマは森の奥にある小さな泉で水を飲んでいた。

草陰からその姿を確認するとディオンは背負っていた弓を静かに構える。


矢をつがえ、静かに弦を引き絞るとルークに目配せをする。

その意味を理解したルークは体の前で手を合わせて準備をする。


「ひゅん」と風を切る音がした。

ディオンが矢を放ったのだ。


それに合わせてルークは手を前に突き出す。


「風よ」


ルークがそう唱えるとディオンの放った矢に風の魔法がまとわりつく。

矢は加速し、水を飲んでいるクマの頭部を貫いた。


矢はそのままクマの後ろにある岩に突き刺さる。


一撃でクマは命を落とし、その場に静かに倒れこむ。


ディオンがクマの絶命を確認し、ルークもクマの近くまで行く。


「若、魔法で運べますか?」


ディオンに聞かれてルークは頷いた。

ルークが魔法を練習し始めたのは誘拐事件の後からである。


次に万が一誘拐されるようなことがあればその時はもっと容易に抜け出せるように、という表向きの理由はあるが、実際に魔法を練習し始めたのは「攻略本」で魔法を習得する手順を見てしまったからだった。


自宅の書斎の「攻略本」に書かれていたとおりの場所に確かに魔法に関する本が一冊あった。

「攻略本」では本来それはルークが五歳の時に見つけるはずだったものだが、後からでも覚えることはできた。


本には魔法の覚え方や魔力の上げ方が載っていて、ルークはその通りに学び「風」の魔法と「火」の魔法を覚えたのである。


「風」の魔法は武器にまとわせればその切れ味や貫通力を上げることができる。また、風の力を使えば生身では持ち上げられないような重いものも運ぶことができる。


「火」の魔法は「風」に比べてルークの熟練度が低いが、何もないところに火の粉を飛ばして火をつける程度のことはできる。


ルークは「風」の魔法を使い倒れたクマを持ち上げた。

そのままディオンを先頭にもとの道を戻り、町の近くまで帰るのだった。


町には森の他のエリアに行っていた住人達も何人か帰ってきていた。

ルークたちと同じように獲物をしとめた者や、今回は狩りではなく解体を担っている者。皆楽しそうに笑っている。


ルークは解体をしている人のところまでクマを運び、後のことを任せた。


そのあとその場にいる町の人々と談笑し、関係を深めているとロナルドを含めた参加者の全員が戻ってきた。


解体がすべて終わるころには日はすでに暮れ始めていた。

そのころには町から参加していない女性陣も集まってきていて、ある種のお祭りのような状態になっていた。


狩りが終わればその場で肉を焼き、町民全員が参加できる宴が開かれるというのがこの町の慣習だった。


皆肉料理に、ロナルドが購入したお酒を楽しんでいる。

成人になったばかりのルークにとってお酒はあまりおいしいとは思えないような味だったが、その場の雰囲気は楽しいと思えるものだった。


その宴の最中、人の輪の隅にディオンがいるのを見かけてルークは近づいていく。


「ディオンさん! 姿が見えなかったので帰ってしまったのかと思いました。楽しんでいますか?」


ルークがそう言うとディオンは少し驚いた様子だったが


「はい」


と短く返事をする。

ルークはそのあと狩りで助けてくれたことに対するお礼を言ったり、自分たちの獲ったクマが一番大きかったことなどを本当に嬉しそうに話した。


ディオンは最初のうちは戸惑っていたが、酒の力が働いたのか最後の方は静かに笑っていた。

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