第14話

ハリオン家の現当主、ロナルド・ハリオンは人望に厚い男だった。

彼が統治する町は重税に苦しめられることもなく、町の人々は笑顔にあふれロナルドのことを慕っている。


彼は妻レイラを心から愛していて、二人いる息子のことも同じくらい愛していた。

そんな彼がルークを叱ったのは後にも先にもこの時が初めてだった。


「そんな危ない考えを持つべきじゃない」


「イルカワナリ」を統治したいと言ったルークにロナルドは静かにそう言った。

それはルークのことを心配してのことだった。


「イルカワナリ」については貴族の当主として、そして大人としてルークよりもよく知っている。

その現状についても知っているつもりで、そこで苦しむ人間がいることも理解していた。


そんな町を救いたいと思う息子をできることならほめてあげたいというのがロナルドの本心だった。

しかし、父親として止めなければならないというのも本心である。


「イルカワナリ」は危険な町だ。それは子供のルークが考えているよりもずっとである。


犯罪者たちがはびこっていて、その力は国が容易に手を出せないほどに大きくなっている。

一人の貴族が容易になんとかできる問題ではない。


もしもルークが普通の子供だったならばロナルドもここまで過剰に反応しなかったかもしれない。

しかし、彼は父親としてルークが聡い子供だというのを分かっていた。


だからこそ、しっかりと伝えなければならないと思ったのだ。


ルークはロナルドに叱られても、どれだけ危ないことか説明されてもその考えを変えることはなかった。


「子供だから理解できていない」というわけじゃないのはロナルドもわかっていた。

聡い子供だからこそ問題の重大さを理解しているのだ。


「あきらめる」とルークが一言、嘘でもそういえばこの話はなかったことになりロナルドもそれ以上追及することはできなかっただろう。


ルークがそうしなかったのはロナルドの力を必要としていたからである。

結局ロナルドはルークのことを説得できず、逆に七年という長い年月をかけて説得されてしまうのだった。


「ルーク、父さんが折れたのはわかってる。それに、僕が口を出す問題じゃないのかもしれない。でも、やっぱり心配だよ。無理はしてほしくない」


ルークの十五歳の誕生日を行った王都の会場で、隣に腰かけたライアンは心配そうにルークの顔を覗き込む。


ルークがこれからどうするのかをライアンは知っている。

その表情が少し寂しそうなのは結局ルークを止められはしないとわかっているからだった。


「ありがとう兄さん。でも、やっぱり僕はあの町を救いたいんだ。そのためには一刻も早く力をつけないと……。やっぱり、学校に行っている暇はないよ」


申し訳なさそうに言うルークにライアンは作り笑いをした。

本心ではまだ「イルカワナリ」を救うなんてやめてくれと思っている。


それは国の仕事だ。一人の貴族、それもまだ十五歳になったばかりのルークが背負うようなものじゃないとライアンは思っている。


ルークを止めるために「同じ学校に通わないか」と誘ったのだ。

それが無理だとわかっていても、止めたいと思っていても目の前の弟が本当に申し訳なさそうにしているのを見て作り笑いでもほほ笑んであげるくらいしかできなかった。


二人の話はここで終わった。

気まずくならないようにライアンが無理やり話を変えたのだ。



誕生日のパーティーが終わったあと、ルークは王都に用意された宿泊用の屋敷で簡単にではあるがもう一度家族からお祝いをしてもらった。


父ロナルドと母レイラ、それから普段は学校の寮で寝泊まりするライアンもこの日は借りた屋敷の方に来ていた。


「パーティーじゃあまり食べられなかったでしょうから」


とレイラは簡単な夜食を作ってくれていた。

一般的な貴族がどうなのかはルークはよく知らなかったがハリオン家ではレイラが料理をすることはよくあった。

それは夕食であったり、お菓子だったりしたがどれもおいしく、ルークはその味が好きだった。


その日用意されていたのはルークが一番好きな黒羊肉のシチューである。

その味を家族全員が楽しみつつ、しんとした少し重苦しい雰囲気が漂っていた。

お祝いムードではない。


ルークを祝う気持ちは全員にあるのだが、ルークがこれからしたいと思っていることを全員が知っているためになんと言っていいのかわからずに気まずい空気が流れているのだ。


その沈黙を破ったのは他でもないルークだった。

彼はシチューを食べ終わるとおもむろに立ち上がり、頭を下げた。


「父様、母様、兄さん。今日まで本当にありがとうございました。こうして成人するまで育ててくれたこと、本当に感謝しています」


それはルークにとってただ今までの感謝の気持ちを伝えておきたいというだけだった。

しかしそれを聞いてレイラは瞳から涙を流し、ロナルドも唇をかみしめて下を向いてしまった。


予想していなかったその反応にルークが戸惑っているとライアンが助け舟をだす。


「ルーク、それじゃあ最後の挨拶みたいだよ。成人したって家族であることは変わらないんだからさ」


そういわれてルークは慌ててそんなつもりではなかったと弁解する。

それから照れながら少し笑って


「これからもよろしくお願いします」


と付け加えるのだった。

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