第11話

ルークがネオと出会ってから三日後。

彼は今雨の中を走る馬車の中にいた。


人生で初めて乗る馬車。その乗り心地はルークが思っていたよりも悪く、最初頃はすぐに酔っていた。

しかし、三日間のうちに次第になれ今ではだいぶましになっている。


目的地に到着し、ルークは一人馬車から降りる。

馬車にはもう一人、黒いフードを被った男が乗っている。ネロだ。


「お前のことは今後も観察しておく。お前が役に立たないとわかったときは……わかってるな」


馬車から降りずにルークを見下ろす形でネロは言った。その言葉にルークは頷く。

ルークが頷くのを確認すると、馬車の扉は閉まり雨の中去っていくのだった。



「ルーク!」


ルークが家の扉を開けると、まず駆け寄ってきたのは母親だった。涙をながしルークのことを抱きしめる母にルークは少し嬉しくなる。

その力強さから彼女がどれくらい心配していたのかが伝わり、嬉しくなったのだ。


そのあと、ルークの帰宅を使用人に知らされた父親も現れさらに力強く抱きしめられたのだ。


「ルーク、よく無事で……一体どうやって逃げてきたのだ」


ルークの誘拐はすでに家族たちに伝わっていたらしい。

身代金の要求があったのだと父親は説明する。


「あなた……その話を聞く前にルークを少し休ませてあげて。こんなにぼろぼろなんだもの」


母親はまだ泣いていたが、ルークのことを心配してそう言った。

実際ルークはボロボロだったのだ。体はずぶ濡れなうえに泥でよごれ、痣もあった。


それはルークがネロたちと相談し、自力で逃げ出したというのに信憑性を持たせるための偽装だった。


「大丈夫です母様。父様に何があったか伝えない……と」


ルークは大丈夫だと思ったし、事実怪我は偽装で問題ないはずだった。

しかし、全部を言い切る前に倒れてしまう。


そのまま気を失い、夜になるまで目を覚ますことはなかった。


夜になって目を覚ました時、ルークはほてるような身体の熱さと頭痛に襲われた。


「そうか、前世の記憶があって考え方は大人でも身体は八歳なのか」


ベッドの上で天井を見ながらルークは呟く。

ネロたちと接触後、目的通りに実家のある町まで馬車で運んでもらった後、そこから歩いて家に帰ってきた。


誘拐されてから帰ってくるまでずっと気を張り詰めていたのは確かで、安心したことで緊張から解放されたのだろう。自分が熱を出したのに納得してルークは今日はもう休もうと思った。


「明日になったら父様に何とか伝えないと」


そう呟いて目を閉じたとき、部屋の扉が開く音がした。

そのあと足音が近づいてくるのを感じた。眠りかけていたルークの意識が覚醒する。

部屋に入ってきた者の息遣いが聞こえた。


母親やただの使用人ではないとルークは思った。

そうであるならば部屋の外からスークが寝ているのを確認して引き返すはずだ。


それとも、ルークの寝顔を母親が見に来たのだろうか。

しかし、息遣いは男性のもとだ。


父親がルークの様子を見に来たのか。それも違うような気がした。


部屋に入ってきた男の手がルークに伸びる。ルークは逃げ出すべきか迷った。

その必要はなかった。


「そこまでだ。動くな」


声がして部屋の中に明かりが灯る。


声は父親のものだった。

手を伸ばしていた男は驚き、部屋の入り口を振り返る。

ルークもようやく寝ているふりをやめて起き上がることができた。


部屋の扉の前にはルークの父親と何人かの使用人、それから町の衛兵たちが立っていた。


そしてレオンのベッドの横にも男が一人。

この屋敷で雇っている使用人のセバスという男が立っていた。その手にはナイフが握られていた。


この混乱するような状況の中でルークは「やっぱりこの人か」と納得した。

それは、ルークが誘拐犯から逃げ出して路地裏で開いた「攻略本」の内容に関連する。


「攻略本」のキャラクターページ、そこにセバスの名前も載っていた。

そこには彼がルークの家に雇われた使用人であることと、誘拐犯二人にルークの身柄を引き渡した旨が書かれていたのである。


その理由や背景については攻略本には載っていなかったが、「攻略本」の記載が真実ならば今回の誘拐にセバスが関係していることになる。


これがルークが「父親」に伝えておきたいことだった。

まさかセバスが夜のうちに殺しに来るとはルークは思っていなかったが父親はセバスの正体に勘づいていたようだ。


確信が持てずにセバスを泳がせる形にはなったが、決定的な証拠を押さえられセバスはあっけなく捕まってしまったのである。

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