第8話
ルークはネロと対峙して生唾をごくりと飲み込んだ。
視線、態度、雰囲気。ネロの一挙手一投足がルークに「前世も含めて」感じたことがないような緊張感を与えている。
黒髪に、前神で少し隠れた鋭い視線。
顔立ちはかなり整っている方でルークの想像していたよりもかなり若くみえる。
「攻略本」にはその人物についての詳細が文章で事細かに記載されていたが、容姿についてはいくらか曖昧な情報しか乗っていなかった。
ルークの知る前世の攻略情報には大抵説明と一緒に実際のゲームのプレイ画面をスクリーンショットした画像が載せられていた。
しかし、この世界で手に入れた「攻略本」には画像はなく、代わりに誰が書いたのかわからないそこそこに上手い絵が描かれている。
ネロのページは後ろ向きで振り返る男性の絵が載っていたが、顔は陰になっていてあまり繊細に描かれてはいなかった。
実際にネロ本人と対峙すると「まぁ、似てるといえば似てるか?」という印象を抱く再現度である。
「おい、いつまでぼーっとしてんだよ。何か話があってきたんだろ?」
ネロがルークに話しかけた。
二人はたった今、対峙したところである。
ユミールが簡単な説明をネロにするとネロは短く「フッ」と笑い、その後はまるでルークのことを観察するかのようにジロジロと見つめていた。
沈黙の時間が長かったわけではないが、ルークはようやく自分が話していい順番が来たのだと悟る。
緊張を和らげようと一呼吸してから本題に入る。
まず、自分が少し離れた町の屋敷から二人組の男に誘拐されて来た貴族であること。
一人で帰るには限界があり、頼れる大人がいないために手を貸してほしいこと。
ネロはその話を黙って聞いていた。
「なぜ自分たちのことを知っているのか」と聞くことはなかった。
そこには興味がないのか、どうでもいい様子でルークの話を聞いていた。
そして描き終わるとすぐにユミールの方を向き、
「誘拐した奴らってのはわかってるのか?」
と訪ねた。
ユミールはその問いに
「恐らくジャバラ兄弟かと。数日前に『ガキを攫うだけのいい依頼が入った』と酒場で吹聴しているのを聞いた者がいます」
と答える。
ネロはその答えに「どこ三流だよ……」と言いながら小さく舌打ちをして、再び視線をルークに戻した。
「話はわかった。だが、お前に協力するメリットが俺たちにはねぇ」
端的にそう告げる。
ただ、それは「意味がないからさっさと帰れ」というニュアンスではなく、「何かメリットがあるから来たんだろう?」という確信のもとにルークを試すための言葉だった。
そして、その期待通りにルークは「攻略本」に載っていたセリフをそのまま言う。
「『助けてくれたら、イルカワナリを僕が統治します』」
ネロの眉がピクリと動いた。
口をつぐみ、ルークを睨みつける。
「攻略本」にはこうすることで闇組織のリーダーネロはルークに協力する流れになり、脱出ルートは確定すると書かれていた。
成功するはずだ、と信じていても実際にネロのその反応を見てルークは怖気づいた。
彼が怒っているように見えたからだ。
その雰囲気はさっきまで感じていた緊張感のさらに何倍も張り詰めた空気を生み出している。
「統治? お前にできんのか……? いや、まずなぜそれを知っている。ただのガキじゃねぇと思っていたが、一体何者だてめぇ」
ネロの声は静かに響く。
その静かさからは考えられないような迫力にルークは拳を握りしめた。
それから、少し焦っていた。
「攻略本」にはその前に言ったルークの言葉しか載っていなかった。
その後に書かれた記載は「リーダーネロを信用させる必要がある」という文章だけ。
「おい、まだ続きがあるのか? 信用させるってなんだ……その攻略情報不完全だろ」
ルークは心の中でそう叫んでいた。
ただ、何も情報がないわけでもなかった。
事前にネロについては「攻略本」の関連ページを読んである程度調べている。
まさか自分が「この世界の攻略本を持っている」などとは口が裂けても言えないし、そもそも言っても理解してもらえるのかはわからないが「信用させる」という目的だけならばできるような気がした。
「見ての通り、俺はまだ子供です。八歳です。その小さな子供が誘拐された場所から逃げ出してあなた達を見つけ出した。それだけで俺が『普通の子供ではない』ということの証明になりませんか?」
一か八かと切り出したルークのその説明にネロは「まぁな」と頷く。
彼の中で、ルークが普通の子供ではないことは既に疑いようのないことである。
「種明かしをすると、僕には固有魔法『先見の明』があります。この力は言葉通り僕に起こることの先を部分的に見る力です。これであなた達を見つけました」
嘘だった。
「固有魔法」とはこの世界における一般常識で、万人が使える「魔法」とは別の力である。
「固有」というだけあり、その人特有な不思議な力でその効果は人によって違う。
また、希少というほどでもないが全ての人が「固有魔法」を持っているというわけではないが、持たずに生まれて来る人もいる。
ルークの「攻略本」も言ってみればこの「固有魔法」の一つなのであろうが、「全ての事象に対して詳細な説明をする」というその能力は明らかに「固有魔法」の範疇から逸脱していた。
「攻略本」と言ってもネロたちに伝わるかどうかはわからず、その能力の全てを明かすこともできないため、ルークは自分の「固有魔法」を「先見の明」と偽り、その能力を「先は見通せるが、あくまで断片的な情報を得られるだけ」という風に話したのである。
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