第7話
一触即発……。
まさにそんな感じだった。
蜥蜴人達は立ち上がり、ルークのことを睨みつけながらジリジリと近づいてくる。
明らかな敵意にルークはたじろぎすぐにでもその場から逃げ出したいような気分になったが、そこをグッと堪える。
もう少しすれば、救いの手が差し伸べられるはずだと信じて。
「そこまでにしなさい」
女性の声が響いた。
低く、威圧感のある声。
ルークが待っていたものだ。
その声に蜥蜴人達はびくりと肩を振るわせ、声のした方を振り返る。
「まったく、子供一人に情けない」
赤い髪の女性だった。
女性は部屋の奥から出てきたところで、手にはナイフを持ち、鋭い目をしていた。
その目が蜥蜴人達を睨みつけると彼らは明らかに動揺してたじろいでいる。
「でも姐さん、侵入者は全員排除しろって言ったじゃないですか!」
蜥蜴人の一人がそう抗議すると、赤い髪の女性の目はそちらに向く。
「私が命じたのは『害意のある者』の排除です。迷い込んだ子供一人に牙を向けろなんて言ってません」
そう言って赤い髪の女性はルークの方へ近づいてくる。
そっと伸ばされた手はルークを安心させるためのものらしい。
笑顔というわけではなかったがルークに向けられる視線は蜥蜴人に向けられたものに比べて随分と優しいものだった。
彼女はルークがただ迷い込んでしまっただけの子供だと思ったようだ。
「話があって来ました。ネロ・ディリアスさんに」
ルークがそう言うと場の雰囲気が明らかに変わる。
騒つく蜥蜴人たち。
そして、赤髪の女性はルークに差し出していた手を引っ込めて、眉に皺を寄せた。
「君、その名をどこで……」
ただの迷子という判断から、得体の知れない何者かへと見方が変わる。
剥き出しの殺意というほどでもないが彼女からは明らかに警戒する雰囲気が滲み出した。
それでもルークは引くことなく話しを続けた。
「ここにいるんですよね? この町を影で牛耳る『黒の王』が」
その瞬間、女性はさっと後方に飛び退いた。
懐からナイフを取り出しルークに向ける。
ルークは焦らなかった。
ここまでの流れが全て「攻略本」に書かれていた通りだったからだ。
ルークの放った言葉は一言一句違わず本に記載されていた内容である。
本当はネロ・ディリアスという人物が何者なのか。「黒の王」とはなんなのか。何も分かってはいなかった。
そして、ルークは一つ深呼吸をしてから再び本に記されていた言葉を述べる。
用意された言葉をただ言うだけ、というのはなんとも不思議な感覚だった。
「取引をしに来ました。ネロに伝えてください『孤島の魚』が来たと」
場のざわつきは最高潮に達していた。
突然現れた少年が組織のボスの名前を口にした。
さらに、ルークの言い放った『孤島の魚』という合言葉はこの組織にとって有益な情報を持つ取引相手を指していたからである。
「お前……どこでそれを」
赤髪の女性は明らかに動揺した。
本来であればその合言葉は組織にとって本当に有益な相手、限られたごく一部の人間しか知り得ないものなのだ。
それを、十歳にも見たなそうな少年が口にするなど得体が知れず、不気味にも感じるほどだった。
そうは言ってもその合言葉を知っている人間を組織は、とくに組織の二番手である彼女は無視することができなかった。
「ついてこい少年。ボスに会わせる」
そう言って仲間の蜥蜴人達をかき分けて進んでいく。
ルークもその後についていった。
♢
「なに? 攫われてこの町にやってきただと?」
赤髪の女性(名前をユミールという)はルークの話を聞いて少しばかり驚いた。
ルークを組織のボス、ネロに会わせるために二人はさらに地下通路を通って移動してい最中である。
ルークが自己紹介を始めたことで、ユミールも流れ的に名前を明かしそこから話は移り変わり「ルークがなぜこの町に来たのか」まで話し終えたところだった。
ユミールは意外に思った。
ルークのことをてっきり魔法が何かで歳を取らない類の人間だと思ったのだ。
研究をするために自ら長寿の薬を作り出して飲み続ける魔法使いや、単に美貌を求めて姿を若い時のままにしておく魔女などは実際に遭遇する。
ルークの物言いや態度からユミールは彼もその手の者の一人だと考えていたのだが、八歳という彼の年齢を知って驚いたのである。
「待て、それならいったいお前はどこで合言葉を知ったんだ?」
二人きりになり部下がいなくなったからか、あるいはルークが本当に子供だと知ったからなのかユミールの態度は先ほどよりも明らかに優しくなっていた。
「はは、すいません。情報は秘密ということにしておきます。今はまだ」
ルークは「攻略本」のことを極力隠しておきたかったため、苦笑いでそう捉える。
もしも相手が普通の大人であったのなら、ユミールはこの時点で警戒してネロに会わせるのをやめていたかもしれない。
ただ、ルークが子供なこと。それからその態度に敵意がないことをユミールは見抜き、判断を仰ぐためにもネロの元まで連れていくのだった。
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