第5話
ルークはあきらめるつもりはなかった。
帰りたいという気持ちは確かに残っていた。
しかし、現状どうすればいいのかわからず途方に暮れていた。
そんなときである。ルークは自分の目の前に一冊の本が落ちていることに気が付いた。
それは見覚えのある表紙だった。今までに何度も目にして、その手に取ろうとするたびに消えていく。例の本だった。
なぜそうしようと思ったのか、そうできると思ったのかルークにはわからない。
ただ、それまでとは違って確信があった。
今ならばこの本を手にできるという確信が。
こんな状況で、本を読む暇などない。頭ではそうわかっているのにルークの手は自然とその本に伸びていた。
指先が表紙に触れる。誰かに邪魔されることも目の前で本が消えることもなかった。
いとも簡単に拾い上げられた本は軽いわけでも重いわけでもない。
ただその本をめくる指は震えていた。
表紙に文字はなく、ルークがめくった一ページ目に書かれていたのは
「あなたの人生の攻略本」
という文字である。
その文字を見た時直感的にではあるがルークはこの本の内容を理解した。
この本にはおそらく前世の攻略本や攻略サイトに書かれていたようなことがルークの人生をベースにして書かれているのだ。
「いったいなぜそんな本が?」という疑問と「本物なのか」という思いが即座に脳裏に浮かんだが、この本が自分にしか見えないということと、現れたり消えたりするという不思議な点から既に疑う必要もないのではないかと思った。
ただ、それ以上に迷ったのはこの本の続きを見るかどうかである。
前世では、ルークはこういったものを見ないようにしていた。
ゲームの楽しみを減らすことは避けていた。
しかし、それはあくまでゲームだからこそだ。
この人生は、前世の記憶を持っているという特異な状況であったり、魔法が存在しているというおとぎ話のような世界であったりしても決してゲームではない。
それはこの世界で八年間生きてきたルークだからこそしっかりと意識している。
そして、今が自分の命の危機につながる状況であるとも理解はしている。
そんな事態だからこそ、ルークはこの本の続きに手をかけたのだった。
♢
くだらねえ、一日だ。
と男は思った。それは今日だけではなく、ここ最近に対する評価でもあった。
地上では名前を覚える必要もないような小悪党たちが質が悪い中途半端な犯罪をしている。
この町にやってきて好き放題やっていた有名犯罪組織たちもここ最近は闇に潜んでいる。
前の貴族がいた時はまだよかった。その貴族を相手にして好き放題やれたからだ。
しかし、その貴族も逃げ町にくだらない悪党どもがはびこるようになってから退屈さには拍車がかかった。
やってくる悪党たちは男に媚びを売る小物ばかりだった。
たまにやってくる大物も何回かやりあうとすぐに手を引く腰抜けばかりだ。
「何かおもしれえことねえかなあ」
あくびとともにそう呟いても返事をするものはいない。
その代わりに奥の扉が開くような音をした。
続いて足音が二つ近づいてくる。
コツコツという乾いた音と水気を含んだ小さな足音。
一つはわかる。その独特な歩調は部下のものだ。ではもう一つは?
聞き覚えのない小さな音に興味を惹かれて男は少し目を開いた。
まず目に入ったのは赤い紙に少しくらい肌を持つショートカットの女性。男の部下である。
その後ろに見えるのは金色の髪をした子供だった。
「ボス、話が」
赤い髪の女性が話を切り出す。
なにやら面白そうな雰囲気を感じて男の口が軽くなる。
「なんだあ、ユミール。いつからガキのお守りをするようになった?」
軽口をたたきつつも、男の視線は少年をとらえていた。
その視線がまっすぐにこちらを向いていて二人の目が合う。少年は目をそらさない。
「ほう」と男は感心した。いままで自分に会おうとしたのは小悪党ばかりだが、そのだれも目を合わせようとはしなかった。
こちらが視線を向ければ逃げるように俯いてびくついているばかり。
大物たちは当然のように視線を合わせて敵意をむき出しにしてくるが、目の前の少年は十歳にも満たないような子供である。
自分のことを知らないのか、とも考えたがただの子供を自分の部下であるユミールが連れてくるわけがないと考えつく。
そうだとすれば、目の前の少年は自分が誰なのかを分かったうえで会いに来たのだ。その方法も、理由も男にはわからなかったが、只者ではないとわかる少年の登場に男の口角は静かに上がるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます