第3話
「なんだ、目が覚めたのか」
部屋に入ってきた男は二人だった。
ルークに向けてそう吐き捨てるようにいった男はみるからに酒に酔った様子でめんどくさそうにルークのことを睨みつけていた。
その声色は先ほど扉の向こうで聞こえた男のものとは別で、ルークをベッドに抑えつけていた男のものだった。
となれば、その酔った男のとなりにいる少し背の低いやせ細った男が扉の向こうで怒鳴った男なのだろうとルークは思った。
やせ型の男はルークの姿を一度見ると少し驚いた顔をして酔った男の方に顔を向ける。
「おい、なんで手足を縛ってねえんだ。逃げられたらどうする」
やせ型の男にそう言われて酔った男はさらに面倒くさそうな顔をする。それから手に持った酒の入った瓶を口元まで持っていく豪快に煽る。
「バカか。こんなガキになにができるってんだよ。縛るのもめんどくせえし、このまま閉じ込めておけばいいだろ」
酔った男はそう言ってルークに背を向ける。散らかったテーブルに戻り、酒の続きを楽しもうとしているようだ。
やせ型の男はその様子にため息をつき、腰につけていた小さな鞄から縄を取り出す。
「バカはお前だ。念には念を入れておくんだよ。こういうのは」
そう言ってやれやれという様子でルークの方に近づいてくる。
両手足を縛られそうな状況だったが、ルークはこれをチャンスだと思った。
酔った男はすでに完全に向こうを向いていて、こちらに関心を示していない。
やせ型の男は口では「油断するな」という意味の言葉を言っているが、その行動はあきらかにルークからの反撃を予想していない。
酔った男に真正面から挑んでも八歳のルークに勝ち目はないだろうが、やせ型の男ならば話は違う。
体重を載せて体当たりすれば体勢を崩すことくらいはできるだろう。さらに、酔って愚鈍になった男の不意をついてその横をすり抜けるくらいはできるだろうとルークは考えた。
「ぐあっ」
そう考えてからのルークの行動は早かった。
まず、両手に縄を持って近づいてくるやせ型の男を突き飛ばす。男はルークの予想通りに体勢を崩し、横にあった木箱の角に頭をぶつけて痛みに悶える。
その隙にルークは男が落とした縄を掴み、扉に向けて走る。
扉を抜けるとそこは見るからに怪しい空間だった。ルークの前世の記憶から来る価値観で言えば「小悪党が好みそうなアジト」である。
そのささやかなアジトの出口はすぐに見つかった。
ルークが飛び出した扉を除けば扉はもう一つしかなかったからだ。
その扉との直線状に酔った男がいる。
こちらにはまだ気づいていないのか、それともただ反応が鈍いのか、椅子にもたれかかるようにしてのっそりと立ち上がろうとしている。
ルークはその男の横を駆け抜けるときに手に持った縄を男の足にからめるように投げつけた。
別にそうなると確信があったわけではないが、自分が逃げられる確率を上げるためにできることはしておこうと思っただけだ。
ルークの思惑どおり、というか期待どおりに酔った男は立ち上がる時にその縄に足を取られ、よろけて倒れてしまう。
飲みすぎたのか、倒れた衝撃で視界はさらにぐるぐるとまわり、少しの間立てなくなる。
「何やってんだこのバカ! ガキが逃げたぞ。はやく追え!」
痛みにたえながら倉庫から出てきたやせ型の男が酔った男に活を飛ばす。
二人は扉を開けて出て行ったルークの後を急いで追うのだった。
♢
ルークは追い詰められてた。
誘拐犯二人を出し抜くことは思っていたよりもたやすく、二人に油断があったことも手伝って閉じ込められていたところから脱出することはできた。
しかし、扉を抜けて階段を上った先にルークを待っていたのは見たことのない景色だった。
「知らない町だ」
ルークは呟いた。八歳のルークには自由に街に出かけるほどの自由は認められていない。しかし貴族として働く父に連れられて、あるいは母が出かけるのにつれられて自分の住む町を歩いたことはある。
もちろん町のすべてを見て回ったわけではなかったが、今ルークの目の前に広がる町並みはなんというか雰囲気が、自分の住んでいる町とは別物だと思わせるのだ。
暗い、もしくは荒んでいるというのだろうか。立ち並ぶ家屋はぼろぼろで、人通りもない。
空気には鼻をふさぎたくなるような腐敗臭が漂っている。
「逃げなきゃ」
町に戸惑いつつも、ルークはすぐに走り出した。
後ろから件の二人組が追いかけてくるのは容易に想像ができるし、体力的な勝負になれば自分に勝ち目がないこともわかっていた。
だから、自分の知らない町の中をあてもなく隠れるように逃げ惑うことになった。
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