第2話
ルークがその本の存在に気が付いたのは彼が五歳になってしばらくしてからのことだった。
おそらく初めは書斎だったのだろう。
その本はほかに数十冊積み重ねられたうちの一冊でしかなかった。
しかし、気が付けばルークの視線の先には必ずその本があった。
例えば、五歳にしては随分と立派な自室の中でルークがベッドの中に入ると目の前の棚にはいつの間にかその本が出現しているのである。
不気味な話だが、本はいつもいつのまにかそこにあるだけでそれによってルークが何らかの被害を受けるわけではなかった。
そうなるとルークの興味は当然その本に向く。
中にいったい何が書かれているのか、なぜ急に自分の前に現れるのか。
しかし、ルークがその本の中身を確認しようとすると必ず邪魔が入るのだ。
どれだけ注意していても何もないところで転んでしまったり、本に手が届きそうになると誰かに呼び止められたりといった具合である。
そしてそういったときに一瞬でも本から視線をはずしてしまうと次に見た時には本は姿を消してしまうのである。
手に入りそうなのに手に入れることのできない本に、ルークはもどかしさを感じてはいたが自分の前世の記憶が消えてしまうことと同じように「手に入らないということはそういうことなんだろう」と割り切ってもいた。
ただ、それは本が手に入らないからとあきらめるというわけではなく本が現れた時には必ず中身を見ようと挑戦はするのだ。
そのうちにルークは本の出現にある法則を見つけた。「本が現れるのは一日に一度であること」「本は手に入れようとしなくても見てから視線をそらすと消えてしまうこと」「本はルーク以外には見えていない、もしくは認識されていないこと」などである。
気が付けばこの一日一回現れる本を手に入れようと挑戦することはルークの日課となっていった。
♢
ルークが八歳になったころ、彼はとある事件に襲われることになる。
誕生日を迎えた日の夜。貴族という高い身分だからなのかルークの誕生日には家族だけでなく周辺の街々に住む他の貴族たちも招待され、なかなかに大きなパーティーが開かれていた。
「ルーク、誕生日おめでとう!」
家族以外にも、まったく面識のない人たちからも祝われてルークは少し困惑したが、本当に嬉しそうに笑っている家族を見てルークは少し照れくさくなった。それでもやはり嬉しかった。
問題が起こったのは誕生日のパーティーが終わり、来客が帰宅して皆が寝静まったあとだった。
ルークは嬉しさから少し興奮していて、なかなか寝付けずにいた。
それでもベッドに横になり、ぼーっと天井を見つめているうちに次第にうとうとし始めていた。
「ガチャリ」
という音がなったのをルークは確かに聞いた。
それがなんの音なのか、どこから聞こえてきたのかと薄れゆく意識の中で考えていた。
それが自室の窓のカギを開けるときの音だと気づいてルークの意識ははっきりと覚醒した。
急いで体を起こそうとしたときにはすでに遅く、ルークは口をふさがれてベッドに押し付けられた。
「チッ、ガキのくせにこんな時間までおきてんじゃねえよ」
男の声が聞こえた後、ルークは気を失ってしまう。
次に目が覚めた時、そこは家の自室ではなく埃臭い別の部屋の中だった。
窓から差し込む月明かりのおかげでようやく部屋の広さを認識できる程度。木箱やら何やらが積まれているのを見るに、どこかの倉庫のようだった。
ルークは自分が何者かにさらわれたのだと理解した。
目的は何か。貴族というからには実家にはそれなりのお金があるのだろう。簡単に考えれば身代金だろうか。
ルークは部屋の中に唯一ある窓に目を向ける。鉄格子がはめられていて見るからに頑丈そうだ。肉体的には八歳であるルークの力ではびくともしないだろう。
次に暗闇の奥にうっすらと見える扉に近づく。
近づいて初めてわかったことだが、扉は鉄で作られていた。
開けるのに見るからに力を使いそうな扉にルークは手をかける。ダメもとで扉を開こうとしたが、扉には鍵がかけられていてがちゃがちゃと音を立てるだけで開く気配はない。
「おい、うるせえぞ」
扉の向こうから男の声がした。自室のベッドでルークを抑えつけた者の声とは違う。
ルークはその声に驚き、ビクッと体を震わせてから後ずさった。
扉の向こうにいる何者か、おそらく自分を誘拐した犯人のうちの一人が近づいてくる気配を感じ取ったのだ。
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