この異世界には攻略本がある!
六山葵
プロローグ
第1話
少年はゲームが好きだった。
超絶的な操作技術を持っているわけではなく、一日の大半の時間をゲームに費やしていたわけでもないがゲームは少年にとって唯一の趣味といえるものだった。
好きなジャンルはRPG。一度始めたゲームに熱中すれば数か月はのめり込むことも珍しくない。
そんな彼にはゲームをする上で、自分で決めた一つのルールがあった。
それは「攻略」を見ないこと。
十数年前、本屋には各ゲームの攻略法が記載された本、いわゆる「攻略本」が販売されていた。
時が経ち、ゲームがあらゆる多様性のもとその母数を増やし、「攻略本」は「攻略サイト」へと姿を変えた。
少年は「攻略本」を買ったこともなかったし、彼が成長しておおよそ少年とは呼べない年齢になっても「攻略サイト」を開いたことはなかった。
「攻略情報」を見ることを否定しているわけではない。
多くのプレイヤーにとって、それは重要な情報であり本やサイトといった情報源は需要を満たしている。
ただ「攻略」を見ることでゲームの寿命が短くなってしまうと少年は考えていた。
本来であれば自分でゲームをプレイし、試行錯誤の末に見つけるはずだった情報。「攻略情報」を見ればその情報はすぐに手に入る。
しかし、それと同時に情報を見つけた時の喜びや、長い時間をかけてみつけたことによる達成感は失われてしまう。
それが嫌だから少年は「攻略」を見ることが好きではなかったのだ。
♢
初めて目を開いた時、少年は自分を見下ろす大きな二つの影に驚いた。
それは金色の髪に青い目をした美しい女性と肉付きがよく焼けた茶色い肌に、似たような色の髪をした男性だった。
少年はその二人に見覚えがなかった。二人は少年の方を見てしきりに何かを話しかけているがその言葉は少年の知る言語ではない。
唯一わかるのは二人が泣きそうなほど顔をくしゃくしゃにして喜んでいることだけだった。
少年は自分が女性にだかれていることに気が付いた。
女性の額には汗が浮かんでいて、喜びの表情とともに疲れも見える。
少年は疑問に思った。なぜ自分が見知らぬ女性に抱かれているのかというのももちろんそうだが、女性が自分を抱えているのならば縮尺がおかしくはないか、と。
状況を整理しようと動かしづらい首をできる範囲で動かし、周りの様子を探って少し思案するそうしてようやく気が付いた。
自分が「赤ん坊」の姿になっていることに。
♢
数年が経ち、少年は三歳になった。
そのころにはもう言葉を覚え、最初に自分を抱いていた女性とその横で顔を覗き込んでいた男性……自分の母と父が「貴族」という位にあることも理解していた。
数年の間に少年の中である程度の状況の整理はついていて、少年は自分が他の世界から来たのだと確信していた。
この世界の両親は少年に「ルーク」という名前を付けた。
ルークは、母に抱かれて家の中を移動するうちに、その家に住む使用人たちの顔を覚えるようになった。
その中には頭に猫耳があり、腰からは長いしっぽが垂れている女性であったり、皮膚が鱗に覆われ蛇のような目と鋭い牙をもつ男性などルークがもともと持っていた常識では説明ができないような人々がいた。
それがルークがここがもと居た世界とは違うのではないかと疑った理由の一つである。
♢
ルークは五歳になり、ある程度の行動の自由と簡単な文字を読み解く力を得た。
そのおかげでここが異世界であるというのを裏付ける証拠を見つける。
それは家の中の書斎で見つけたこの世界の地図である。
壁に貼り付けられた地図には大きく土地が描かれていて、そこに国境を示しているであろう線が引かれ国の名前も記されていた。
その国の中にルークの知る名前はなかったのだ。
そればかりか書斎にあったいくつかの本には「魔法」という言葉が書かれていて、ルークにとって非科学的でありおとぎ話の中の話だった「魔法」がこの世界では存在していることを知った。
不思議なことにルークは前の世界に戻りたいとは思わなかった。
そればかりか、最初は覚えていた前世での自分の名前やどういう暮らしをしていたのかという個人的な情報は時間とともに薄れていき、思い出せなくなっていた。
それでも、自分が別の世界の記憶を持っているということとそこで培われた価値観のようなものは消えていない気がした。
自分のことを少しづつ忘れていくという感覚はルークを寂しい気持ちにさせたが、それとともに日々得られていく経験がルークとしての人格を形成し始めているのも感じていた。
きっと、この世界で生きるべきなのは「ルーク」という人格の方で前の世界の情報は必要とされていないのだろうとルークは割り切っていた。
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