第5話

 梅雨も半分が過ぎた。

 放課後、いつもの校庭の端っこで、君は少し遅刻した私を穏やかに待っていた。


「おう、遅かったね」


 一緒に帰ろうと言い出した真奈が、なかなか私を解放しなかった。遥輝くんに会いにいく、とは言えず、うやむやに誤魔化したせいで。


「ごめんね、友達とちょっと話してた」


 脇に並んで見上げれば、澄んだ君の瞳に雨が映っている。雨粒よりももっと純粋なその潤いに、思わず息を飲む。慌てて、足元の水たまりに視線を落とした。


「……その友達帰ったの?」

「うん、先に帰ってもらった」

「……来てもらってもよかったけど」


 君がぼそりと呟く。

 正直、そんなことは少しも考えつかなかった。というか、選択肢になかった。だってきっと真奈は、遥輝くんを嫌がっている。


「……ねえやっぱ俺って、悪目立ちしてんでしょ」


 ほんの少しの沈黙のあと、君は独り言のように呟く。私はもう一度君を見上げた。


「え、悪目立ち?」

「うん、変なあだ名もついてるみたいだし」


 今度は息が止まる。

 君は、他の生徒たちから自分が遠巻きにされていることに、気がついていた。


「……やっぱり嫌だよね、あだ名とかって」

「うーん、最初は嫌だったけどね。今はもうしょうがないのかなって思ってる」


 慎重に言葉を選ぶ私の隣、君はなんでもなさそうに会話を続けていく。


「雨に濡れなきゃ俺は俺でいられないし、生きやすいように生きたいじゃん」

「……うん」

「人の目とか気にしてたら、俺自身を見失うしさ」


 そう溢して浅く笑った君は、何かを諦めたような表情をしていた。私はまた返す言葉が見つからず、ただその吐息の行方を見つめることしかできない。

 無力だ。私はただ、君の横にいるだけ。


「うわ、急にめっちゃ降ってきた。帰るか」


 気がつけば土砂降りの雨。君は寄りかかっていた壁から背中を離し、私を振り返った。


「……一緒に駅まで、行く?」


 一瞬にして、思考が止まる。

 君と居るのは、好きだ。君と話をするのも、雨を仰ぐのも好きだ。だけど、今は下校時刻のど真ん中。

 きっと誰かに、ふたりでいるのを見られてしまう。


「…あー、やっぱなんでもないわ」


 私が応えられずにいると、君がゆらりと目を逸らす。


「結局、恵実も俺とは違うもんな」


 最後にそう言った君は、笑っていたけれど泣いているように見えた。そして私が言葉の意味をきちんと飲み込むより先に、じゃあ、とだけ残して、あっという間にいなくなってしまった。

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