第4話

 雨欠症。それは気象病の一種のようで、かなり奇妙な性質を持っている。

 雨欠症の人たちは、定期的に一定量の雨水に触れないと健康的な生活が送れず、さまざまな体調不良をきたすことが多い。まだまだ日本では珍しい症状で、雨欠症自体を認知している人も少なく、薬も全患者には行き渡っていないのが現状だ。

 そして薬のない雨欠症の人々は、発作的に身体を雨水に触れさせたくなってしまう。雨がしばらく降らない時のために、雨水の保管もしなければならないという。






「ほんとびっくりした、まさか同じ病気なんてさ」

「いつも雨の中立ってるから。そうなのかなって思ってたの」


 とある放課後、校庭の片隅で軒下から一緒に雨を見上げる。今年の梅雨は長く、私たちはよくこうして密かに会っていた。


「声かけてくれて良かったよ、ありがとう」

「ううん、私もずっと話したくて」


 そっか、と君が呟く。雨音が心地良く沈黙を満たしていく。

 隣に座る君との距離は微妙に空いていて、それが少しくすぐったい。いつもと同じはずなのに、ふたりで見る雨はやけに透き通って見える。


「でも恵実みたいに薬あると、やっぱり楽でしょ」

「……まあ、そうだね」

「いいな。俺なんてネットで調べてわかっただけで、まだ親にも言えてないもんな」


 遥輝くんは寂しそうに笑う。

 私は幸い薬を処方してもらえる環境にあり、かなり長いこと投薬の力を借りて健康的な生活を送っている。

 だけど、君はそうじゃない。広く知られていない分、周囲に理解されるのも難しい。


「恵実が羨ましい」


 ふと、君が寂しそうに呟く。その身体が揺れ、私たちの肩がそっと触れ合ってすぐ、君は息苦しそうに立ち上がり、雨の校庭へふらりと歩いて行ってしまった。

 私は何も返せない。私たちが一緒に雨を浴びることはない。

 遠くなっていく背中に、濡れたワイシャツがへばりつく。私はそれを、もどかしく見送ることしかできなかった。

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